いつか、きみに、ホットケーキ
17. 言い訳

「今日はありがとう。」
「何のお役にも立たなかったと思うけど・・・?」
「いや、話を聞いてもらっただけでラクになった。」
「苛々してない?」
「今はもうしてない。と思う。」
「マクロビオティックも良かったのかもよ。」
「うん、そうかも。なんとなく、体にいいことした気がして気分がいい。」
「私はね、大沢さんのように湖山さんの小さな変化に気付いて何かをしてあげられるほど気が利いた人間じゃないし、そこまで湖山さんのこと知っている訳じゃないけど、言ってくれたらいつでも話を聞くよ。それくらいはできる。」
「なんでここで大沢が出て来るんだよ・・・また苛々しちゃうでしょ。」
「どうせ考えちゃうんでしょ、私が言い出さなくたって。」
「・・・。」
「少し落ちついたんじゃなかったの?」
「うん・・・。」
「元気出して。あの大沢さんが黙ってたんなら、本当にすごく大事な、もっともな理由があるのよ。絶対に。」

すごく、大事な理由・・・?
もっともな、理由・・・?

なんだよ、それ。分からないよ・・・。

体に優しい食事をして、もっともだと思うことを言ってくれる女友達に話を聞いてもらって、訳もなく苛つくような気持ちはなくなったけれど、スッキリするほど気持ちを切り替えられるはずはなく、湖山は何度も昼間のやり取りを思い出す。

『俺に、言ってないこと、あるよな?』
『有りますね。』

『なにソレッ・・・?』
『なんで怒ってるんですか?』

大沢は、あんな奴だったろうか。あんな風に、挑むみたいに、湖山に言い返したりするような、そんなところがあったんだろうか。今までも気がつかなかっただけだろうか?こんな事があったから気になるだけなのかもしれないけれど。

そういや、電話するって言ってたのに・・・。駅の階段を下りながら、湖山はデニムのポケットを探る。携帯どうしたっけ?と記憶を辿りながらカバンの中をまさぐってやっと探し当てた携帯電話の着信履歴に「オオサワ」という文字が赤い。

「ごめん、遅くなった。電話貰ってたのに・・・」
「今、どこですか?」
「今、もう駅。・・・。良かったらうちに来ない?」
「・・・。」
「大沢くん?」
「はい。」
「ウチに・・・」
「いや、それは・・・・。じゃ、明日にしましょ。今日はもう遅いし。明日、予定はどうですか?俺は事務所なので湖山さんも事務所なら昼飯とか・・・。」
「分かった。じゃ、明日の昼。」
「ええ。」

「何となく言うチャンスを逃しちゃった」とか、「いろいろ話したかったけど時間が足りなかった」とか、ただ「ごめん」とかだけでも、何か言う事あるんじゃないのか?と湖山は思う。それで電話が切れない。だけど、大沢もまた、湖山が何か言いかけるはずだと思っているのか、電話を切ることができずにいる。

「やっぱり・・・」
大沢の声が受話器の向こうから二人の沈黙を破る。
「え?」
「やっぱ、俺、そっち行きます・・・。」
「あ・・・あぁ、うん。分かった。」

細い指先で伸びた前髪をかき上げて湖山は額に触った自分の手が案外ひんやりしていることに気付いた。昼間の熱気がなかなか去ろうとしない都会の夜道を歩いてじっとりと汗をかくほどなのに。寝苦しい夜がまだまだ続く。宇宙ステーションのようにそこだけが明るい、夏の虫がジリジリと音を立てる酒屋の入り口でふと足を止める。湖山は店じまいを始めたその酒屋へと吸い込まれていった。

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