いつか、きみに、ホットケーキ
19. 夏の終わりの蝉
「何はともあれ、おめでとう。」
昼の定食の数種類の中からできるだけ体に良さそうなものを選んで注文する。大沢は相変わらず揚げ物の定食を選んだ。こんな時に、大沢は若いんだな、と思う。事務所から定食屋までの5分弱の道のりを黙って歩いて来た。大沢はほんの一歩か半歩湖山の後ろを歩いていた。朝晩涼しくなったけれど昼間はまだ真夏の名残を残していた。
大沢が湖山の家に行くと言った夜、湖山はアルコールを飲んで寝入ってしまい、朝大沢に電話をかけたけれど通じなかった。大沢は前の晩、翌日は事務所だと言っていたので当然会えると思っていたのに、ピンチヒッターで撮影の仕事が入ったらしく事務所でも会うことができなかった。それから2週間、二人は入れ違いで事務所でも撮影でも会えなかった。大沢は今、アシスタントの仕事とカメラマンとしての仕事と半々になってきているようだった。
「あの夜・・・・ごめん。本当に。俺、呑んで待ってたら寝ちゃったみたいで・・・。本当に申し訳なかった」
「いえ・・・。いえ、それはぜんぜん。もともと湖山さんちに行くつもりなかったんだし・・・」
「え?でも、来るって言ってたじゃない?」
「ええ、ええ、そうです。だから行ったんだけど、湖山さんに会えなくて、まぁ、ちょっとホッとしたんです」
(そんなに会いたくなかった?)
多分そんな顔をしていた。湖山はあまり顔に出す方じゃないけれど大沢が分からないわけがない。
「何て・・・・。何ていって説明したらいいのか、分からなかったんです。だから、会って話したかったけど、会えなかったら、説明しなくて済むっていうか・・・。ごめんなさい。・・・本当は今も・・・。」
「うん。いいよ、それは、もう。俺も大人げなかった。ほら、大沢くん、俺が個展の準備一人でやってたとき、水臭いって言ったことあったでしょ?俺もね、なんで大沢に言わなかったんだろうって思ったよ。今も分からない。ただやっぱり、水臭いじゃんかって思ったらあの時はなんか、なんだよっっ!って・・・頭に来るっていうか、イラついてさ・・・。でも、落ち着いて考えてみたら、ま、いいじゃんって思った。そういうことも、あるんだよな。うん。だから、ほんと、ごめん」
「それとは・・・」
大沢はテーブルの上に組んだ自分の手を見つめている。ぎゅっと握り締めた手は、湖山の手よりも一節は大きいはずだ。湖山はカメラを構えた時の大沢の手を思い出す。最近その姿を見ていないなあ、とぼんやり思う。
「それとは、違うんです。俺のは、」
「ん?何が?」
その時、二人が頼んだ定食が運ばれて来た。夏が終わる。夏の最後の蝉が鳴いている。今夜も、肌寒いのだろうか。