いつか、きみに、ホットケーキ
3. 再会
でも、見透かしたように彼女は言う。少し恥ずかしげな、少し得意そうな顔。緩くパーマをかけた髪が、どこから入ってきたのか早い春の風に揺れている。
「結婚するの。」
そうか・・・。結婚・・・・。
「そうか・・・。おめでとう。」
「うん、ありがとう。」
この人の、髪に触れた日も、手を握り締めた日も、肩を抱き寄せた日も、遠い過去になった。ごめん、としか言えなかったあの日、涙をこぼす彼女を抱きしめることができなかった。そんなことも、もう、本当に思い出の中だ。
「幸せに、幸せにな・・・。」
「うん・・・、ありがとう。」
「こやまー!おめでとー!」
騒々しい一団がやってくる。それを潮に彼女は「じゃあ、ね?見終わったら、黙って帰るから・・・」と彼を最後にもう一度見つめて写真の方へ振り向いた。彼女はほっとしたようにも見えたし、少し残念そうにも見えた。彼女の後ろ姿を目に焼き付けておこう、と思う間もなく、騒々しい一団が湖山の肩やら頭やらを小突く。懐かしい同級生達。写真を見る前から飲みに行こう!とか、ちょっと失礼すぎるだろう?でも、そう、ありがたい。こんな騒々しさが、今はとてもありがたかった。
案内状を送った殆どは仕事をしているから土曜日、日曜日に足を運んでくれる。せっかくの休日に来てもらってありがとうとお礼を言って、しばらく会っていなかった知人達の近況を話したりしている間に時間がどんどん過ぎて行く。不思議なのは、彼らが一人、二人と訪れて、自分の写真に囲まれたこの空間で、写真達のほうが彼らの中に内包されるような感覚。この2年間菅生さんを想い続けて撮ってきた写真が、いつの間にか別のものになっていく。そうやってこの写真の景色の中にいたはずの彼にしか見えない菅生さんの影が薄らいでいくのを目の当たりにする。
『大事な友人になれるかもしれない人を一人、みすみす逃したくないんです。だから、もし出来るなら・・・』
そう、強い瞳で菅生さんが言う。それは写真の中に閉じ込めた菅生さんではない。現実の菅生さんだ。
梅林の写真を振り向いた時、彼女はもう、いなかった。菅生さんに惹かれてどうしようもなくて、一方的に別れを押し付けた。問いただしたい言葉すら湖山に投げつける事もできなかった、彼女も、結婚する。
うららかな光が短冊のような窓から差し込んでいる。旧い友人達が思い思いに自分の作品の中にいるのを、彼は穏やかな気持ちで見つめていた。何もかもが新しく始まっている、この春の光の中で。そんな気がした。