いつか、きみに、ホットケーキ
5. 蕎麦屋
湖山は祈るように両手を組んで肘を突いてテレビを観ていた。そして思い出したように口にする。

「前付き合ってた彼女がね・・・。結婚するんだってさ。」
「ほぉ・・・。」
「昨日来てさ。」
「案内状、送ったんだ?」
「うん。気になってたから。一方的だったし、酷かったよなって思ってたんだ・・・」
「ふーん・・・。ショックだった?」
「そうねえ、ま、人並に。」

テレビから目を逸らして大沢を見ると、大沢は、湖山の組んだ手元を見ていたらしかった。ゆっくりと見上げた目が合うと、大沢は焦点の合わない目で笑った。ぼうっとした顔で「眠い・・・」とぼやきながら、大沢の長い指が、湖山の右手首に伸びた。湖山の右手首には腕時計が彼の華奢な手首を強調するみたいに巻かれている。大沢はベルトの感触を確かめるみたいにベルトごとその手首を掴むように撫でて手を離し、ぼんやりと頬杖をつきながらテレビを見上げた。大沢の目はテレビを見上げているけれど、その目はテレビを追っているようには見えない。額を乗せた左手をぐー、ぱー、ぐー、ぱー、と閉じたり開いたりしながら、大沢はぼうっとしていた。いま、閉じたり開いたりしているあの手のひらに人差し指をつん、と入れたら、あの手はきっと自分の人差し指をぎゅうっと握るだろう。湖山は自分の思いつきに自分で呆れて、そして誰に聞かせた訳でもないのに照れくさくて顔が熱くなった。

「湖山さん?」
様子を察したのか、大沢は心配そうに湖山に声をかけた。湖山はさりげなく話しの続きを考える。
「── 女運、ないよな、俺。」
「・・・。どうでしょうね、今は必要ない、ってことなんじゃないですか?神様がそう言ってるってこと」
「そういう考え方もあるか。お前には一生いらねーよ、って言われたらどうしよう。」
「それもアリでしょー。」
「えーーーー?やだよーー。」

がっくりと項垂れると湖山の頭は自分の細い腕にすっぽりと収まって、細い柔らかそうな髪がくしゅくしゅとたわみ、頬をくすぐった。大沢は片頬杖をついて窓の外を見た。湖山もつられて外を見る。引き戸の外にサラリーマン達が並んでいる。

「明日、撮影終わったら直ぐそっち行きますね。仕事、残しておいてくださいよね。」
縞の湯飲みを大きな手で包み込むように持って、首を傾げた大沢が言う。優しい穏やかな表情。目尻に乗った彼の大らかさを、湖山はいつもの通り確かめる。
「ん。」
短く答えて、そして、こんな時、湖山はいつも何かもっと伝えたくなる。自分の胸の中にその短い返事の続きを探して湖山は言う。
「うん。あ、でもさ・・・今日、俺ね、早めに上がって行こうと思ってるの。今日最終日だからさ、終わったら少し片付けられると思うんだよね。そしたら明日の午前で全部片付くんじゃねーかなあって思ってさ」
「じゃ、俺も今日行きます。今日中に片付けられるかな?」
「んー、でも二人ならいい線行くかもね。」
「頑張りましょう!」

二人の蕎麦が運ばれてきた。
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