いつか、きみに、ホットケーキ
8. ランチにて、菅生さんという人

「その写真は・・・私自身のような気がしたんです。ホームと、ホームと平行して走る線路、行き先が決まっていて、どこまでもそこへ向かっていくような・・・。」

菅生さんはカウンター向こう側に並んでいるお皿の棚を見つめている。でも、彼女が見つめているのは多分、その棚の向こうに伸びている湖山には見えない線路だ。

「それから、海辺の写真・・・。海ってどこへでもつながっている訳でしょう?どこへでも行ける、その出発点。だから、その二つの写真は、私の中の相反する二つ、そんな気がしたんです。」

ランチタイムにしては高級な定食を出す店は、夜ならちょっといい雰囲気だろうなあと思うような割烹だった。

「前も言ったけど、あの個展の写真は全部、菅生さんがいてくれたら、と思う景色を撮ったんです。あのホームも、あの砂浜も、そこにあなたがいて僕のほうに向かってくるようなそんな気持ちだったのだけれど、面白いですね、写真をみたご本人はそこが出発点、ということは、僕に背を向けている、ということでしょ?なんか、写真ってやっぱりそういうところが面白いのかな・・・。」

これが夜で、ビールか、できれば日本酒なんかを注しながらだったら言う事ないのに。

「写真だけじゃないですよね、多分。色々な表現方法があって、そういう芸術作品は何でも、表現者の意図することとは別の捉えられ方をすることもある、その可能性が面白いのですもの。」

すっぴんに近いようなメイク。頬に赤みが差したりしたら、可愛いだろうな、と思うけれど、そんなことを想像しては彼女に失礼かもしれない。

「あー、そうですね、それはありますね。そうそう。確かに、あの個展のとき、面白いなと思ったんです。皆が、僕の写真たちに囲まれた空間にいるはずなのに、あのギャラリーにいると、作品の方が、来てくれたみんなの中に入っていくような、そういう感じがして。」

菅生さんは真っ直ぐに目を見る。湖山の目の奥にあるものを見つけに行くようなその目をそらさずにいる。湖山は居心地が悪くなる。目をそらしたくないのに、そらさずにはいられない。湖山が思っていた菅生さんはもっと儚げだった。見つめたら目を伏せてしまうような、そんな人だと勝手に思っていたのだ。

湖山が、本当の菅生さんを知りたいと思った時、彼が想像していたのは幾重にも重なった花弁を剥いでいって蘂(しべ)を見つけるような作業だった。

でも、実際には違う。

その花は一重の花で、花弁に触れた瞬間に毀(こぼ)れてしまうような手ごたえのなさで、しかもその蘂(しべ)はなぜかどこか生々しさがない。

花弁を剥(は)がれてもまだ生命を継いで行こうとする生命力や、あるいは、もうこうなっては遂げる事ができなかった生命の無念さや、そういうものが感じられなかった。それでいて凛として存在し続ける真っ直ぐな茎の強情さを思わせた。最後の最後まで、重力に逆らって見せようとする、その力強さが彼女という花の美しさなのかもしれなかった。

湖山は、ふと、花弁の毀れたその花の茎をそぅっと地面に置く自分を想像した。茎を見下ろしている自分の横に誰かがいて、肩をそっと抱いてくれる。そんな風景が頭をよぎった。

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