真夜中に口笛が聞こえる
 家族が新居へ移り住んだ当日、信一郎は美咲と分譲していた区画を、散歩がてらに回る。

 どの家も売約済みではあるが、入居している風には見えなかった。

 投資目的で購入した人もいるのだろうと、信一郎は思った。人それぞれ金の使い方は自由ではあるが、もしそれが本当で、自分達の新しい家がそんな風になったのなら、穏やかな気分でいられるだろうか。

「誰も入ってないな」

 結果的に、売約済みになったのは一番遅かったのに、移住については一番早かったようだ。

「僕たちが先に住んでいるから、みんなが挨拶に来る訳だ。楽だし、お金も節約出来るよ」

「でも……」

 美咲が信一郎の後ろを指差している。分譲地の外側だった。

「信ちゃん。あそこのお家を忘れては駄目よ」

 ガーデニング好きの家だ。相変わらず、プランターで囲まれている。

 二人はその家の横を通り、分譲区画の角を曲がった。


「あのゴミ置き場。ちゃんと収集に来てくれるのかしら」

 美咲が指差した方向に、明らかにゴミを捨てる為に作られた区画があった。ブロックで囲まれている。


「役所に聞いてみるよ。ゴミ拾集車のルートに入っていなかったら、入れるように交渉しておく。今から人が住むんだからね」

 そこまで話すと、先に行こうとした美咲を制止する。

「でもさ、掃除当番はウチだけだよな」

 二人は立ち止まって沈黙した。

「最初は仕方ないわね」

 美咲から、大きな溜め息が漏れた。

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