真夜中に口笛が聞こえる
「お父さん! 後ろ!」

 美佳が叫ぶ。

「気が付かれましたか? それはね、民代ですよ」

 白河は瓢々と言う。

「ア、アンタ。なんてビドいことを!」

 信一郎は首を反対に向けると、白河が悠然と見下ろしていた。


「ヒドイこと?」

「これはアンタの奥さんなんだろ!」

「そうですね。でも、酷いことをしたのは、この女の方なんですよ」

 白河が今度は民代を見下ろすと、カイワレ芋虫を指差した。

「この女はね、何の罪もない植物を踏み潰すんです。男を作ってね、この家を出ると言った時も、大切な私の植物を殺そうとしたんですよ。ヒドイと思いませんか? だから、罰を受けて貰っている。こうして生きたまま植物の触媒になることで、体を分かち合い、気持ちと痛みを共有して貰おうとしているのです」


 相変わらず民代は、苦しそうにうめいている。全身の穴という穴から、何かを垂れ流すかのように……。

「勘違いしないで貰いたいが、私は民代を愛してます。私たちは研究を通して、恋をし、結婚したのですから」

 白河は民代に目を細める。

「このような姿になっても、私たち夫婦が出会った頃、二人で口ずさんだ思い出の曲を、毎日毎日、口笛を吹いて聞かせてあげているんですよ」

 口笛を吹く仕草をする白河。しかし、白河がなんと言おうが、信一郎は同じ人として憤りが収まらなかった。

「この異常者め」

「──異常? ですか。まさか! アサガオを殺している貴方に、そんなことを言われたくはありませんね」

「絡まったツルをちぎっただけだ」

「それでも、アサガオは死んだんです。地面に投げ捨てられて。かわいそうに、干からびてしまったんですよ」

 白河は干からびたアサガオを、信一郎の顔に垂らす。

「これはヒドイことじゃあ、ないんですか?」

 信一郎は顔を振って、鼻や目に掛ったアサガオを払おうと抵抗した。
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