真夜中に口笛が聞こえる
「専門知識を持っていた夫は偶然、旅行先のアメリカの露店で、その研究成果と思われる書物を手に入れたんです。初めは目を疑ったそうです。でもそれを日本に持ち帰り、本物だと確信した時の歓喜ははかり知れません。そして密かに開発に没頭したんです」

 闇に葬られたレポートが白河秀夫の手に渡る。静江はメモを見ずに手早く書きなぐった。


「初めは植物を愛するが故の、研究でした。夫は心根の優しい人なんです。植物を救いたい。環境を守りたい……と。その想いも、禁断の研究成果に触れ、傾倒するあまり思想的に感化され、精神が崩壊してしまいました」

 白河秀夫の環境に関する政府への提言は、その分野において有名な話である。しかしその直後、白河秀夫は姿をくらましてしまった。妻の民代とともに、この世から忽然と消えてしまったのだ。

 それは、レポートを手に入れた時期と重なる。

「私はそんな彼を見るのが耐えられなくなり、彼の植物を壊したんです。彼を取り巻く研究成果を取り除けば、元の彼に戻らないかと密かに思ったのです」

 精神の崩壊。
 旧日本帝国軍の亡霊……?

「でも、それは間違いでした。もはや手遅れだったのです」

「間違い? 手遅れ?」

「彼は何を思ったのか、私に男が出来たと思い込み、体を縛り付け、実験台にしました。これを地獄というのなら、そうに違いありません」

 静江も目撃した民代の姿が目に浮かぶ。

 カイワレ芋虫のような体。口から伸びる触手と、背中から広がる根。人間をも養分として吸収し、成長する。

 何度思い出しても、おぞましかった。


「私は触媒にされ、ついに彼の研究は完成したのです」

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