真夜中に口笛が聞こえる
 ──事件から二年後。


「うう、うあああ……」

 信一郎は叫び声を上げた。

 美咲がいて、美佳がいる。
 ありきたりの家庭。そして、どこにでもある夕食でのヒトコマだった。

 今回の事件をキッカケに左腕を失った信一郎が、食事中に苦しみ出した。

「どうしたの!」

 回り込んで、美咲が背中を擦る。

 口元を押さえ、信一郎はまだ、苦しんでいる。

「ぐえっ」

 緑色の塊が、食卓に吐き出された。

「なんだ、これは……」

 白い皿にべったりと付いた色に、体が震える。

 ガムのような物体。

 この色……。
 信一郎に見覚えがある。


「薬、早く飲んで!」

 美咲が戸棚から出す。

 袋を逆さまにすると、何種類もの錠剤が落ちる。

 信一郎はそれらを掻き集め、次々に開封しては、口の中に放り込む。

 美咲から差し出された水の入ったコップを掴むと、一気に飲み干した。

 そこでようやく、信一郎は一息つくことが出来た。


「ねえ。薬、飲んでなかったの?」

「なんなんだよ。一体、どうなってるんだ?」

 薬の残骸を忌々しく眺めた。右手で新聞の上からテーブルを、バンと叩く。

 手の下敷きになった新聞には、行方不明となっていた著名なジャーナリスト、金山静江の車が、海中で見付かったとの見出しがあった。


「本当にどうなってしまうんだ、この先……」

 信一郎は頭を抱えた。

 美咲が寄り添う。


 美佳は席を立つこともなく、その様子をじっと見ていた。


第十一章

「それから」

完結
< 80 / 96 >

この作品をシェア

pagetop