Jet Black

ある日いきなり巻き込まれ

 見知らぬ女の子に所謂ラブレターを渡されたのは、初めてではない。

 ついでに言うと、帰り道に姿の見えない何かに後をつけられるのも初めてではない。

 はあ、と大きく溜め息一つ。

 一瞬間を空けて、思いきりダッシュでその場から立ち去ろうとした。

 ぶわり、と嫌な風が吹く。

 やばいと思った瞬間世界が反転して。

 身体中が鉛でできたような感覚に変わる。

 夢の中で歩くように動きがままならない。

 引きずるように歩みを進めると、今度は回りをふわりと暖かな風が舞い吹いた。

 身体が一瞬軽くなる。

 と同時に、耳許で少女の声がした。

『樹木屋へ…』

 顔を上げれば、ビルというには低い建物と建物の間に小さな店。

 扉の上に申し訳程度に飾られた店名は『樹木屋』。

 転げるようにして店の中に入ると、身体の重さがふうっと消える。

 大きく息をつく。

 途端に頭上から声が聞こえた。

「…驚いた」

 思わず硬直する。

「こずえが騒ぐから何事かと思ったら」

 ゆっくりと顔を上げれば、そこには。

「随分たくさんくっつけてきたな。立てるか?」

 昔話の、男の人。

「…ようこそ、樹木屋へ」
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