Jet Black
「で、そのあと気を失って?」

「まあ、六体憑けてきたんだ。仕方ないだろう」

 少女の声に答えるように、青年の声がした。

 浮き上がった意識のおかげで話しをはっきり理解し始める。

「…こず、彼は依頼者じゃない。本来ならこの店に入るべきじゃない」

「じゃあこの子を見殺しにするの?放っておいたら確実に引きずられる!」

「…ストップ」

 ぴたり、と気配が止まり、視線が自分に集中する。

 ゆっくりと目を開こうとしたが、眩しさに瞼を動かすだけに終わった。

「…う…」

 声だけが漏れ、自分を覗き込む人が小さく笑う。

「ああ、無理しないで。今体力を戻そう」

 額に、手が触れる感触。

 暖かなそれがじんわりと身体中に広がって。

 全身が軽くなったような気がして、ゆるゆると目を見開いた。

「…もう大丈夫だ」

 優しい声に、思わず視線が向く。

 そこには、黒い髪に黒い服、黒い…瞳。

「…あ」

「…立てるか?」

 手を差し延べられて、我に返る。

「…あ、ああ」

 頷いて立ち上がろうとした途端、視界に入るのはふわふわ半透明のもの。

「蒼居、依頼者が向かってるわ」

「…あ、もうそんな時間か」

 ぎぎい、と視線を向ければ、宙に浮いた透明の少女。

 声からして、自分をここに誘ったのは間違いがない。

 目があった瞬間にっこり微笑まれて、くらりと目眩がした。

「客が来る。仕方ない、君の名は?」

「…りょう、駿河…凌」

「そうか、凌。それは制服か?」

 自分の姿を見下ろして、そういえば学校帰りだったのだと思い出す。

 頷けば、男はわずかに笑みを浮かべた。

 そして何もない場所から紺色のネクタイを手の中に生み出す。

「よし、凌。その赤いネクタイを外してこれに付け替えて。何も喋らないで俺の隣りにいればいい。いいな」

「え?は?」

「…蒼居、くるわ」

 少女が外を見た。

「早く」

 強い瞳に頷かざるを得ない。

 しゅるりと学校指定の赤いネクタイを外し、男に渡された紺色のネクタイを締めた。

 扉が開いたのは、赤いネクタイをポケットに突っ込んだ瞬間だった。
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