【短編】甘い野獣を愛してる
スノー・ホワイトチョコレート
二月十五日、朝。
都心には珍しく、雪が降った。
水分を多く含んだボタ雪がうっすらと積もりはじめ、道行く人々の足を汚す。
そんな、悪天候の上の平日にもかかわらず。
山の手線沿線の高級タワーマンションの出入り口には、既に人が集まりだしていた。
なにしろ、人気絶頂の俳優『神埼ヒロト』の遺体が自宅のマンションで発見されたのである。
つい先ほどのことだ。
彼が、なぜ死んだのか。
出てきた遺体が無名であっても大騒ぎになのに、今回は『あの』演技派イケメン俳優だ。
時間を追うごとに増してゆく、野次馬やマスコミは、口々に『神埼ヒロト』の名を叫び、泣き、彼の短い人生をカタり、喚(わめ)いていた。
そんな車の列に割り込むように、新たな警察車両が横滑りで停車した。
その運転をしている新人に『チェーン巻いとけ』と指示を出し。
パトカーから、うっそりと出て来たのは、五十すぎのベテラン刑事だ。
二月の服装としては、若干寒そうなよれよれのトレンチコートは、彼のポリシーらしい。
駆け寄ってくるマスコミたちを、うるさそうに追い払った刑事は、すでに何か小物が入ってるらしい、コートのポケットに片手を突っ込み。
もうひとつ手で『立ち入り禁止・KEEP OUT』と書かれた黄色いテープを持ち上げ、ひょい、とくぐった。
そして、ヒロトのファンとマスコミの進入を抑えている、警備係に軽く手を振り、問題の部屋に向かうべく、エレベータホールに向かって歩き出す。
そんな彼を見つけて、三十過ぎの中堅刑事が、小走りで近づき、ベテラン刑事に声をかけた。
「おはようございます、山村刑事。
昨日も帰りが遅かった上、今日は非番なのに……!
お呼びたてしてすみません」
「いいってことよ。
警視庁は、忙しいのが基本だ。
ソレより、安藤、今回の事件で何か新しいことが、わかったか?」
安藤と呼ばれた中堅刑事は、うなづくと、白手袋をはめた手でエレベータの階数ボタンを押し、手帳を開いた。