我妻教育〜番外編〜
今となっては、思い出せない。


私は、すぐに視線を反らし下を向いてしまったから。


だって、緊張して困ってしまっていたんだもの。



何を話そうって考え込んでたら、孝さまはポンと私の頭を撫でた。



不意うちだったから、びっくりして顔を上げたら、眉間をトントンとされた。


ハタと目が合うと、孝さまの澄んだ力強い眼差しが、柔らかく崩れて笑顔になる。


久しぶり、懐かしい。

眉間をトントンとするあの合図。



頭が真っ白になった。

活動停止するスイッチでも押されたのかと思ったくらい。



しなやかで美しかった指は、日焼けして、傷だらけでゴツゴツとしていた。


だけど、指先の温度と、指ごしに見える優しい笑顔は、あの頃とまるで同じで、少し泣きそうになった。


柄にもないから、泣いたりしなかったけれど。



『じゃあな、琴湖。オレ行くな。

また、啓志郎のこと頼むな』
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