我妻教育〜番外編〜
「…綾人さん」


綾人さんが、ゆっくりと車椅子を押しながら入ってきた。



「…琴湖ちゃん、調子はどう?」


うかがうように私の顔を見て、遠慮がちに微笑んで聞いた。



私は、どうにも答えることができなくて、沈黙が流れた。


とてもじゃないけど、他人を気づかえるような精神状態ではなかった。



しばらくぼんやりと天井を眺めながら、私は口を開いた。



「私、明後日は…、出発は、もう、無理みたいです…」


まだ声がかすれていて、上手くしゃべることができなかった。



「…うん」


綾人さんは、短い返事のあと、無言になってうつむいた。


痛ましいものを目にした、そんな表情だ。



重苦しい空気。


さすがの綾人さんも、こんな哀れな私を前に何も言えないようだった。


そうね、哀れ以外の何者でもないわ。


哀れな上に、滑稽だわ。



―孝さまも、そう思うでしょう?
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