我妻教育〜番外編〜
気楽に、と言われても…


私は、さりげなく姿勢を正して綾人さんの言葉に耳を傾けた。



「以前、“やりたいことはできているか”って話したよね?

答えはノーだ。

僕は、これから先、一生やりたいことなんて、できない。

だったら、やりたいことなんて考えない。

何も見つけたりはしない。

それが僕が僕を守れる唯一の手段だから。

そう思って今まで生きてきたんだ」



緊張感の中、私は無言で相づちを打つ。


綾人さんは、やりたいことはできていますか?

以前、私が尋ねたこと。


今、その返事をしてくれている。



「この身体になったのは、孝市郎のせいじゃない。

気持ちの上での整理はつけたつもりでいる。

…だけど、自由に走り回ることができる孝市郎を心の底から妬んだりしない、って言ったらやっぱり嘘になるんだ。

だから僕は、親友は誰?って聞かれても純粋に孝市郎だなんて言えない。

僕の家は数年前事業に失敗して、本来なら大学なんて行けなかった。

すべて松葉グループが肩代わりしてくれたんだ。

この身体になった責任でも感じてくれているんだろうね。

孝市郎と一緒に山に登ってケガをしたから。

孝市郎のことを親友だなんて思えないのに、孝市郎に守られて生きていくなんてね…」
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