我妻教育〜番外編〜
「私の話は後で結構ですわ」


「じゃ、何でも聞いてよ」


「では、今、どうなっているんですか?」


「どうって?」



「…小百合さんのことは…」


小百合さんの名を発声するとき、さすがに少し気をつかった。


言い掛けながら、兄の表情を伺う。


兄は特に表情は変えなかった。


聞かれることなど初めから分かっていただろうから。


ただ、話し出すときは、少し気まずそうにクイっと眼鏡を押し上げた。


「小百合さんってさ、本当にデキた人だよな。

見ての通り美人だし、仕事はできるし。

言うことは、いつも正しい」



誉め言葉を並べているのに、なぜか誉めているようには見えず、私は眉をひそめた。


「それのどこがいけないんですか?」


「いけなくない」


「だったら…」


小百合さんの何がダメだったというの?


小百合さんは仕事を休んでいる。


兄の裏切りに傷つき、立ち直れていないんだ。


自分を裏切った男の家の仕事にも来づらいだろうし。


強い人だと思っていたけれど、小百合さんも普通の弱い女の人だった。


小百合さんが可哀想だ。



「でもな、琴湖。

正しいことが、いつも正しいとは限らないんだよ。

その時々で臨機応変な対応が必要ってこと。

…例えば、慰めを必要としている人のためなら、嘘を言うことも必要だ…ってことかな」


「嘘はいけないことです」



「たまには嘘もないと、息が詰まるんだよ」


兄は悲しげに、はにかんだ。
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