片恋綴
「彼氏がいる女の家には上がらない主義なんだよ」

僕が言うと、何それ、と笑った。そこにあるのは僕が知らない笑顔で、何年と一緒にいたのに、何も知らない気分になる。

「別に、ただの幼馴染みじゃない」

琴子の言葉に胸が痛む。今まで、彼女の言葉に胸が痛むなんてことはなかった。

彼氏が出来た、というだけでこんなに苦しいなんて。

「いや、それでもいい気分はしないだろ」

琴子といるときは遭えて柔らかい口調で話す必要はない。客相手でもないし、僕の全てを知る相手だから。とはいえ、本当に肝心なことは知らないのだから。

「じゃ、帰るよ」

僕は短く言って、歩き出した。振り向きたいけれど、決して振り向けない。

振り向いたなら、走り寄り、叶わない想いを告げてしまいそうだから。





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