片恋綴
「ありがとう」

私が躍る胸を隠しながら答えると祐吾君は何でもない顔でどういたしまして、と返してきた。そして何でもない顔で言うのだ。

「琴子さんて、なんかどんどん綺麗になりますね」

そんなことをさらりと言われたらどうしたらいいのだろう。
そんなことないよ、と言えばいいの?
そうかな、ありがとう、と言えばいいの?
それとも――好きな人がいるから、と言えば?

ぐるぐると頭の中を廻る言葉達。そして結局私が選んだ言葉は。

「綺麗になるのが楽しいって気付いたんだ」

嘘でも本当でもない返答でした。

多分、というより絶対に他意のない彼の言葉にこんなにも翻弄される自分。彼の世界に私はいない。だから、そんなことを言ってくれるのだ。

彼と知り合ったのはまだ一年前、彼がこのアパートに越してきたのがきっかけだ。

あのときもちょうど、風が冷たくなり始めた季節だった――。







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