片恋綴
「……名前を教えてもらえませんか?」
私が不意に呟いた言葉に、彼は一度瞬きをした。
「お話をするのに、名前を知らないと不便じゃないですか?」
譲歩とかそんなエゴじゃなくて、この人ときちんと向き合ってみたい。
好きになれるかもとか、そんなのも関係なく関わってみたいと思えた。この人と関わることで世界を拡げてみたいと思えた。
「衣川浩輔です」
彼――衣川さんは嬉しそうに名前を教えてくれた。
「空谷琴子です」
私も自分の名前を告げ、互いに笑い合った。
少しずつ、少しずつでいい。世界を拡げ、祐吾君のことももっと知り、衣川さんのことも知りたいと思った。
恋をしたことで急激に何かが変わるわけじゃない。こうやって、自分で変えていくのだ。
こうやって、小さくて狭い私のセカイは少しずつ変化を遂げていく。
明日の朝は晴れていたらベランダに出て、真っ直ぐに祐吾君の顔を見ておはようとだけ告げよう。
あとは一人でゆっくりとコーヒーでも飲んで、バイトまでの時間を過ごしてみよう。
Nex story is「カナワナイ」