Return!!
-9-
本当に変なお店ばっかり。
腕を離してもらい、わたしはマキちゃんの後ろにぴったりひっついて歩いた。
「ねぇ、大丈夫かな……」
「大丈夫なわけないじゃん。こんな場所」
マキちゃんの声が少し震えていた。
恐いのを我慢してようやく歩いてるって感じ。
それはわたしもおんなじなんだけどね。
わたし達はくっついて、2人が辿ったであろう道を進んだ。
「もうちょっと先」
ふいによく知った声が聞こえてきた。
マキちゃんがわたしを連れて道の脇に寄る。
見ると、薄暗い路地裏みたいな場所に、小林君とヒナちゃんがいた。
大人はみんな、派手な格好でサラリーマンに声をかけるのに夢中になっていて、わたしたちがコソコソしているのには目もくれない。
「あの、もう帰ろうよ、小林君」
ヒナちゃんが小林君の手を振りほどくのが見えた。
さすがにこんなところにまで連れてこられて困った様子だった。
「何、恐いわけ?」
ケラケラ笑う小林君に、今まで感じたことがないような気持ちが沸々と湧いてくるのを感じた。
小林君のあの恐い目。
底の知れない目。
今はヒナちゃんを安心させるように笑ってるけど、その目の奥は笑ってない。
ふるふると肩が震える。
両手で鞄を抱きしめて抑えようとしたけど、全然止まってくれない。
「咲っち、大丈夫?」
恐いような、叫びたいような、たっちゃんみたいに飛び出していけたらどんなにいいだろう。
わたしは、いつの間にか、マキちゃんに肩を抱かれていた。
小林君が口を開いた。
「もう高校生だろ、俺ら」
「まだ、高校生よ」
ヒナちゃんの強い声が聞こえた。
控えめだけど、芯のある声。
わたしはその声色に少しの安堵感を覚えた。
よかった。
ヒナちゃんはやっぱりしっかりしてる。
わたしみたいに震えてない。
「時間も遅いし、帰りましょう? きっとあなたのご両親も心配してるわ」
小林君に値踏みするような視線を向けられても、ヒナちゃんはあくまでヒナちゃんだった。
「ご両親か。いないんだわ、俺」
「そ、そう、だったの。ごめんなさい……。でも、保護者の方はいるでしょう?」
「いるけど、いないみたいなもんだし」
なんとかとっかかりを見つけようとするヒナちゃんに、小林君は異常なくらい冷たかった。
「ねー、トージョーさん?」
「え?」
小林君がいきなりヒナちゃんの腕を捻り上げた。
きゃっとヒナちゃんが短い悲鳴を上げる。
わたしの心臓はもう張り裂けそうなくらいにドクドク脈打った。
恐い。恐い。ヒナちゃんが危ない。殺されちゃう。
わたしの中で自分の声がグルグルグルグル入り乱れる。
力が抜けたようになって、わたしは鞄を取り落としたことにも気付かなかった。
ぱしゃん、と水音が弾けた。
鞄が水溜まりに落っこちて、波紋を作ってた。
ネオンの光が不気味に映りこんで、ぐにゃぐにゃ揺れる。
「誰だ?! 見てんじゃねーよ!!」
「ヒナ子ぉっ!!」
マキちゃんが飛び出していた。
一瞬の隙をついて、ヒナちゃんに抱きつくようにして小林君から引き剥がし、自分の背中に匿った。
わたしははっと息を呑む。
心臓が痛いくらいにきゅうきゅうと上下した。
動けないまま見ていると、マキちゃんと小林君が何事か口論を始めた。
ヒナちゃんも何か言ってる。
何か、言わなくちゃ。
出来ること、しなきゃ。
思ったけど、混乱しきった頭はわたしを羽交い絞めにするばかり。
小林君の手に、いつの間にか、ギラギラした刃物みたいなのが握られてて、それを見たらもう、余計にどうしたらいいのか分からなかった。
おまわりさん、助けて下さい。
声をあげたかった。けど、恐怖でわたしの喉は硬直したままウンともスンとも言わない。
肩はいよいよガクガク揺れ、視界は薄暗くなり始めていた。
小林君の手が振り上げられ、そこから先はまるでスローモーションがかかったみたいだった。
異常なくらい見開かれた小林君の目、ぎゅっと目を瞑るマキちゃんとヒナちゃん。
視界がいきなり真っ白になった。
誰か、大人の人の声がする。それは近いような、遠いような。
ぱしゃんぱしゃんと水音が周囲から上がった。
わたしの身体が傾いた。
視界がわずかに暗くなって、わたしは自分がもう水溜まりに倒れこむ寸前だって気が付いた。
気付けても、もう遅い。
ネオンの紫色、白い反射光、そして後には、ただ、ただ、黒い闇。
真っ黒くて、深くて、どんな光も届かなさそうな、水溜まりの中の闇。
ばしゃんと、ひときわ大きな水音がした。
ふざけて飛び込んだ真夏のプールみたいな音を最後に、何も聞こえなくなった。
腕を離してもらい、わたしはマキちゃんの後ろにぴったりひっついて歩いた。
「ねぇ、大丈夫かな……」
「大丈夫なわけないじゃん。こんな場所」
マキちゃんの声が少し震えていた。
恐いのを我慢してようやく歩いてるって感じ。
それはわたしもおんなじなんだけどね。
わたし達はくっついて、2人が辿ったであろう道を進んだ。
「もうちょっと先」
ふいによく知った声が聞こえてきた。
マキちゃんがわたしを連れて道の脇に寄る。
見ると、薄暗い路地裏みたいな場所に、小林君とヒナちゃんがいた。
大人はみんな、派手な格好でサラリーマンに声をかけるのに夢中になっていて、わたしたちがコソコソしているのには目もくれない。
「あの、もう帰ろうよ、小林君」
ヒナちゃんが小林君の手を振りほどくのが見えた。
さすがにこんなところにまで連れてこられて困った様子だった。
「何、恐いわけ?」
ケラケラ笑う小林君に、今まで感じたことがないような気持ちが沸々と湧いてくるのを感じた。
小林君のあの恐い目。
底の知れない目。
今はヒナちゃんを安心させるように笑ってるけど、その目の奥は笑ってない。
ふるふると肩が震える。
両手で鞄を抱きしめて抑えようとしたけど、全然止まってくれない。
「咲っち、大丈夫?」
恐いような、叫びたいような、たっちゃんみたいに飛び出していけたらどんなにいいだろう。
わたしは、いつの間にか、マキちゃんに肩を抱かれていた。
小林君が口を開いた。
「もう高校生だろ、俺ら」
「まだ、高校生よ」
ヒナちゃんの強い声が聞こえた。
控えめだけど、芯のある声。
わたしはその声色に少しの安堵感を覚えた。
よかった。
ヒナちゃんはやっぱりしっかりしてる。
わたしみたいに震えてない。
「時間も遅いし、帰りましょう? きっとあなたのご両親も心配してるわ」
小林君に値踏みするような視線を向けられても、ヒナちゃんはあくまでヒナちゃんだった。
「ご両親か。いないんだわ、俺」
「そ、そう、だったの。ごめんなさい……。でも、保護者の方はいるでしょう?」
「いるけど、いないみたいなもんだし」
なんとかとっかかりを見つけようとするヒナちゃんに、小林君は異常なくらい冷たかった。
「ねー、トージョーさん?」
「え?」
小林君がいきなりヒナちゃんの腕を捻り上げた。
きゃっとヒナちゃんが短い悲鳴を上げる。
わたしの心臓はもう張り裂けそうなくらいにドクドク脈打った。
恐い。恐い。ヒナちゃんが危ない。殺されちゃう。
わたしの中で自分の声がグルグルグルグル入り乱れる。
力が抜けたようになって、わたしは鞄を取り落としたことにも気付かなかった。
ぱしゃん、と水音が弾けた。
鞄が水溜まりに落っこちて、波紋を作ってた。
ネオンの光が不気味に映りこんで、ぐにゃぐにゃ揺れる。
「誰だ?! 見てんじゃねーよ!!」
「ヒナ子ぉっ!!」
マキちゃんが飛び出していた。
一瞬の隙をついて、ヒナちゃんに抱きつくようにして小林君から引き剥がし、自分の背中に匿った。
わたしははっと息を呑む。
心臓が痛いくらいにきゅうきゅうと上下した。
動けないまま見ていると、マキちゃんと小林君が何事か口論を始めた。
ヒナちゃんも何か言ってる。
何か、言わなくちゃ。
出来ること、しなきゃ。
思ったけど、混乱しきった頭はわたしを羽交い絞めにするばかり。
小林君の手に、いつの間にか、ギラギラした刃物みたいなのが握られてて、それを見たらもう、余計にどうしたらいいのか分からなかった。
おまわりさん、助けて下さい。
声をあげたかった。けど、恐怖でわたしの喉は硬直したままウンともスンとも言わない。
肩はいよいよガクガク揺れ、視界は薄暗くなり始めていた。
小林君の手が振り上げられ、そこから先はまるでスローモーションがかかったみたいだった。
異常なくらい見開かれた小林君の目、ぎゅっと目を瞑るマキちゃんとヒナちゃん。
視界がいきなり真っ白になった。
誰か、大人の人の声がする。それは近いような、遠いような。
ぱしゃんぱしゃんと水音が周囲から上がった。
わたしの身体が傾いた。
視界がわずかに暗くなって、わたしは自分がもう水溜まりに倒れこむ寸前だって気が付いた。
気付けても、もう遅い。
ネオンの紫色、白い反射光、そして後には、ただ、ただ、黒い闇。
真っ黒くて、深くて、どんな光も届かなさそうな、水溜まりの中の闇。
ばしゃんと、ひときわ大きな水音がした。
ふざけて飛び込んだ真夏のプールみたいな音を最後に、何も聞こえなくなった。