惚れられても応えられねーんだよ
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夏輝の部屋のカーテンが遮光ではないため、朝日が眩しいことに慣れた。

けど先生の部屋は窓際にベッドが置かれているわけではないし遮光カーテンだったので、いつもより快適な寝覚めだった気がする。

 それは、環境のせいであって、腕枕のせいではない。

 昨日の心地よい疲労のせいでもない。

 ただ、ベッドの位置が窓より遠かっただけだ、カーテンが上等だっただけだ、と思いたい。

「あ、起きた?」

 少し前から目は覚めていたが、顔を動かすなり腕枕をしていた先生が声を出した。

「…………」

 うんともすんとも言い難い。

「んじゃ俺、仕事に行くから」

「え」

 ベッドから出た先生は、なんと既に出社できる恰好になっていた。

 昨日、最後は裸だった気がするが寝入る前にまた服を着たのだろうか。

「服……着て寝たの?」

「いや、起きてから着たよ」

 って、起きて服着て、またベッドにいたの?

「あそう……」

 先生はデスクの上に広げられた書類をまとめながら、

「あ、布団はまた今度ね」

「え」

「いやー、今日の朝見たら虫食いしてるのが分かってね。新しいの買ってから渡そうかな、と」

 ふざけた調子の顔で言われて、いっぺんに頭にきた。

「先生最低ですね! ほんっと最低。布団なんか最初から渡す気なかったんじゃないですか! 騙してここまで連れてくるなんて、ひどい!

 しかも私、好きとか全然思ってないのに。

 なんかそんなことにして、逃げられないようにして、手首掴んでくるくせに、まるで私がしたいみたいなことにして!

 絶対酷い、もうほんっと最低です!!」

 怒りをぶちまけてやった。

 当然、冷たい言葉を投げかけて仕事に出ていくものだと思ったら、先生がきょとんとした顔でこちらを見ていたので逆に驚いた。

「好きじゃなかったの?」

 そこー!?

「私、そんなこと言いましたっけ?」

「言ってないけど、そういう態度だったから」

「そんなの最低じゃないですか! っというか、私は好きな人としかしません。先生は違うのかもしれないけど。私はなんか、勝手にそういう風にされてほんと最悪です! というか、布団渡す気なかったっていうのが一番最低」

 言い切れて少しスッとした。

 だが、先生は逆にそっと寄り添うと、

「そういうことじゃないんだけどな」

と、勝手に抱きしめてきた。

「ちょっと! 私!」

 ぎゅっと抱きしめられると、少し心地いいと感じてしまう自分が情けない。

「…………」

 何か言い訳してくるかなと思ったが、先生は何も言わない。

「……先生、絶対いつもこうやって女落として捨ててるんでしょ? 彼女作らないけど、適当にしてる女の人はいっぱいいるっていう」

「あのね、そんなことしたら信用なくなるじゃない」

「私の信用とっくにないですけど? まあそんなのどうでもいいのかもしれませんけど」

「やまあ……」

 言いながら先生は、私の背中をゆっくりとさする。

「ゆっくり小賢しく責めるよりは、事実関係作ってここに住んでほしかったからかな。夏輝は今日帰ってくるし。帰って来たらまたどうせ一緒に寝るでしょ? 布団あげるって言ってるのにそんなのいいって2人して言うし、あんな狭いベッドで何してるかなんて容易に想像つくし」

「何もしてません!!」

「それが余計だよね。何もしてないって最高に良い時間だと思うけど?」

 言われてみたら、確かにそうかもしれない。

 で、何の話だったっけ?

「まあとにかく、今日はここで寝なさい。ね? 夏輝には俺がちゃんと説明しとくから」

「それって一体どんな説明なんですか?」 

 私は目を見て聞いた。

「うーん、まあ、良いとこ取りさせないよってことで」

「説明になってないし!!」

「アイツは俺の後輩なんだからそういうところは適当でいいの」

 笑顔の先生が気に入らなくて、

「…………え、それって先生は私のことを好きで、一緒に暮らしていきたいとかいうことなんですか?」

 睨みながら聞いた。

「俺だけの意思なの?」

「私別に好きとか言ってないし!!」

「いやあ、てっきり好きなのかと。感触は上々だったんだけどなあ」

「第一先生」

 遮って、私は真顔で聞いた。

「先生、恋人は作らない主義って言ってたじゃないですか。待たせると仕事に集中できないみたいな。昨日言ってたばかりですよ」

「うん、事実」

 そこで先生はぎゅうっと抱きしめて続けた。

「事実なんだけど、ただの美学だったのかもしれないなって最近思ってた。

 仕事は大事。だけど、待ってる人のために、自分の時間を作るということも大事なのかもしれない。

 桜さん……桜に会って、俺は少し変わったんだよ」

「…………」

 その言葉を信じるべきかどうか、迷う。

「……先生」

「何?」

「先生。私、先生のこと好きか嫌いか分からない。まだだって先生のこと何も知らないし」

「知らないことないでしょ。昨日一晩一緒にいたんだし」

「いやまあ、そうなのかもしれないけど!

 けど、分かんない。全然」

「好きじゃなかったら、昨日の帰りに病院の入口で会った時、あんなに嬉しそうな顔しなかったと思うけどね」

 自分では分からない表情のことを言われて、突然恥ずかしくなる。

「全然……分からない……」

「大丈夫、大丈夫。桜はそこにいるだけでいいから。迷ったらなんでも聞いて? すぐに答えてあげるからね」
 
 優しく、手なづけるように頭をふわりとさすられ、恥かしくなって目を伏せた。

 先生……こういう人だったの……?

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