惚れられても応えられねーんだよ

黙って着物を着つけてくれるって最高にクールで恰好いい


「起きてますか?」

 その声で目が覚める。岬はこちらが返事をする前にドアを開けると中に入って来た。

「あっ、はぃ……」

 私はなんとか返事をし、布団の中で温まっていた身体を起こした。

「あぁ、まだ寝てましたか」

 男所帯でドアをノックするとかそういうことに慣れていないのか、気遣いゼロのお構いなしだ。

「……いえ、大丈夫です」

 岬は昨日のスーツとは違う、白いシャツにモスグリーンのパンツだった。スーツよりも随分幼く見えるが、こちらの方が年相応かもしれない。

「服、今日着る物に困るだろうと思って」

 言いながら岬は、こちらに寄ってわざわざ膝を折り和紙の大きな包みを差し出してくれる。

 私はまさか着物ではなかろうかと、慌てて布団から出ると同じように膝をついた。

「えっ……これ……」

「とっといたって仕方ねぇもんでさぁ」

「あの……岬さんの物ですか? この着物……」

 黄緑の地に柄が入った着物は、女性物で、もちろん岬が着られるような物ではない。

「実家の親が大家に渡せって送ってきたんですが、んなことしなくたって色々可愛がってくれてるってゆーのに聞かねーんですよ。送りつけられてそのままになって」

「着物を……」

「うちの実家は錆びれた呉服屋なんで、古い生地が余ってたんですよ」

「そうなんですか! でも……構わないんですか? 私なんかに……」

「オバンに着られるよりはよっぽどマシですよ」

「…………」

 それだけ岬が信用してくれている、もしくは、親切ということだろう。ここは、素直に受け取り、大切に着ればいいのではないか。

「すみません、ありがとうございます……」

「じゃあ俺は、朝の稽古をしてきます。今8時だから、出るのは10時過ぎでいいですか?」

「あっ、はい!! すみません、ありがとうございます!! すみません……ありがとうございます……」

 思いを込めて、着物を見つめながら言う。

 岬にその気持ちが届いたのか、

「捨てないで良かったですよ。使い道があって」。

 そう呟きながら立ち上がり、スタスタと歩いて行ってしまうその後ろ姿は何故か寂しげでもあり、そして少し晴れやかでもあった。


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