惚れられても応えられねーんだよ

好きな人と2人きりで飲むには、まず余計な脇役を片づけて


 更に18時、夕食。

 そして19時。この1か月で一度だけ、中島と新堂に飲みにつれて行ってもらった。

 3人で来たのは、2人がよく来るらしい、小さな居酒屋だった。

 カウンターと畳2畳間しかなく、その日は運よく畳の間が空いていた。

 中島が奥、その隣に新堂が座り、対面して私は腰を下ろした。

「今日も1日お疲れさんでしたーッ!!!」

 中島は勢いよくビールを振り上げ、乾杯したはいいが、

「まあ、中島さんは女の家うろついてただけだけど」

 と新堂に吐き捨てるように言われてしまう。

「いや、一般市民の生活守るのが俺達の役目だからねッ!! 俺はうろいてたとかじゃなく、こっそり見守ってただけだからねッ!!」

「それがストーカーって言われる所以だろうが。そろそろ他の女に……」

「彰に言われたくないなッ!! 雪乃ちゃんにランドセル背負わせてる彰にはッ!!」

「は?……」

 私と新堂は顔を見合わせた。

「何の話だよ。ランドセルって一体なんだよ?」

「俺、なんでも屋の奴らから聞いたもんねーッ。彰が雪乃ちゃんにランドセル背負わせてる話」

「だからなんだよランドセルって。ランドセル背負わせて、何するってんだよ?」

「あれ? ランドセルじゃなかったっけ? えーっと……まなんでもいいか」

「ったく、アイツらが言うことなんかガセに決まってんじゃねーかよ。信じる方がどうかしてるぜ」

「でもあの宗司朗さん、酷いことも言いますけど、ちょっと優しいですよね」

 私も話に混ざらなければと、会話を探す。

「えっ、まさか雪乃ちゃん俺よりアイツの方が優しいと思ってるの??」

 中島はショックとでも言いたげに、顔を歪めた。

「いっ、いやっ、そんなことないですけど……」

「アイツは何考えてるか分からん奴だよー、優しいと見せかけて、ナニするか分からん奴だよ、うんうん」

「けど、雅ちゃんとか可愛いし……私のこと、友達みたいに話しかけてくれるんです」

 一瞬間が空く。

 私は、何故中島が黙ったんだろうと、顔を見上げた。

「とっ、とっ……」

 涙顔になっている中島のくしゃくしゃになった顔に、私は驚いた。隣にいる新堂は、フーっと煙を吐いているだけ。

「…………え?」

「友達100人作ろうねッ!!!」

 それから、というか、それからもずっと中島は1人盛り上がっていた。

 話は常に、妙さんがどのくらい素敵だとか、普段何をしているかだとか。

「妙さんがブラジャーする時ちょっときつめのホックで止めるとこ、あれがまた、いいんだよな~」

「ってかあんたなんでそんなとこまで知ってんの!? まさかトイレとかまで覗いてんじゃねーだろな?」

「トイレなんか覗いてないッ!! 男は覗くなら風呂場の体重計までと決まっとるだろぅ。ちにみに昨日は、49.7キロ。あれが50になった日は、風呂場で……」

「あー、中島さん、今日はもうちょっと飲んだら? シラフだと報告モードが続いてちょっと……」

「あれ? なんか仕事の延長みたいか?」

「んじゃねーけどッ!! まあ、なんつーか、んなんじゃねーけど……」

「ささっ、注ぎますよ?」

 というか、帰った方がいいんじゃないかと不安を抱きながら、私は酌を続ける。こと、30分。

「ギャッハッハッハッハッハ!!! 俺は妙さんと結婚して子供を産むに決まっとるだろう!! でもなぁ、最近うんと冷たくてなぁ」

「……最初から冷たかった気もするけど?」

 新堂は、1人ちびちび飲みながら時々相槌を打つ。

 私は、それらを聞きながら、食べる方に集中していた。

「俺なんか死んだ方がいいんだ、死んだ方がマシなんだーーー!!!」

 中島はそう大声で言い尽きると、顔を机に伏せてしまう。

「まあまあ、中島さん、落ち着いて」

「バーカ、バーカ!!! 」

「……おい、やっぱそろそろ帰るか?」

 新堂はようやくこちらに話しかけてくれる。

 私はとっくに飽きてきていたので、すぐさま頷いた。

「中島さん、そろそろ……」

「いいよ。俺なんて置いてけよ」

「あん? 何言って……」

 中島はその姿勢のまま、続ける。

「彰……人の女取るなんて、俺ぁ信じたくねーよ」

「……は?」

 新堂はくわえていたタバコを灰皿でもみ消しながら、

「酔わせすぎたか……」。

「お前、俺が知らないと思ったら大間違いだぞ?」

「だからなんだよ?」

「お前が、……雪乃ちゃんにランドセル背負わせてるって総悟が言ってたんだぞッ!!!」

「んだからランドセルって何の話なんだよ!! なんで総悟がんなこと言うんだよ」

「どういう前後があってのことか知らんが、総悟はお前が雪乃ちゃんにランドセルを背負わせてることを知っている」

「…………」

 新堂はそれでも、中島の頭をじっと見つめた。

「俺ぁ反対しねーよ。誰が誰を好きになろうが。だがな、ランドセルはいかがなモノかと思うぞ」

「…………」

 私は新堂を見つめた。

 新堂も、こちらを見る。

「…………ランドセルって何の話でしょう?」

「総悟がッ、総悟がッ……ようやく心を開いた人がいるのに……ランドセルなんざッ……」
 
 中島の息は荒く、どうやら泣きながら半分寝ているようだ。

「…………あーあ、寝ちまった」

 新堂は起こすこともなく、新しいタバコを取ると、ライターで火をつけた。どうやら帰るのはもう少し先になりそうだ。

「ランドセルって何の話でしょうね? 」

 私は、大声でいびきをかき始めた中島をそのままに、新堂に話しかける。

「何か勘違いしてんじゃねーのか? なんでも屋ならともかく、総悟まで言ってたとなるとちと気になるが、余計に詮索してわけのわかんねー話につき合わさせるのも面倒だ」

 新堂は水を頼むと、酔いを冷まし始めた。

「それはそうと、アンタ、総悟と付き合ってんだろ?」

「え?」

 宗司朗さんは見抜いたのになと思いながら、新堂を見つめる。

「ランドセルのことが何かしらんが、俺がアンタに何かさせてるような話が出てるとなると……」

「いや、そんな……私は全然そんなつもりはありませんけど」

 本心で正直に話す。だが、新堂は突然表情を変えた。

「じゃナニかよ? 総悟があんだけアンタに尽くしてやってんのに、アンタは好きでもなんでもねーってことかよ?」

「…………え…………?」

 何故新堂がそんな風に怒るのか分からず、私は言葉を失った。

「アイツの服着てアイツに稽古つけてもらって、それでアンタ、何も想っちゃいねーってそりゃないだろう」

「えっ、でもっ……」

「総悟がどんだけアンタを慕ってるか、どんだけ想ってるか。聞かなくても分かるよ。それがアンタにも伝わってると思ってたけどな……」

 また、フーっと煙を吐く。

 岬が私のことを好きで、だから色々世話をやいてくれていた……。

 実際に好きだと言われたことはないけど、それをきちんと受け止めるべきなんだろうか……。

実際、心の中で、それが心地よくて、そのままにしておいた……。

 だって私は、その気持ちには答えられなくて……。

「わ、分かりますけど……。私は……」

「アイツの想いとアンタの想いが一致してねーんなら、なら今の総悟は何なんだよ? アンタのいいように、使われてるだけってことだろーが」

 そんな……つもりは……。

 胸の底に重い物がのしかかり、目じりが熱くなる。

「……あー……今日は酔いが冷めねーや……」

 それに気づいた新堂は、素早く席を立つと、店の外にまで出た。

 岬が貸してくれた道着を着て、岬に稽古をつけてもらって……。

 でも、お金も何もない私からすれば、それを断る勇気なんてなくて。

 それに、最初にお金を貸してくれている以上、無碍にはできなくて。

 ティシャツだって返さなくていいっていうから、借りたままにしてるだけで。

 贅沢しないつもりでそのまま、使っていただけなのに。

 だって、その親切心を断ったら私、1人で何もできないのに。

「あらあら、置いて行かれたのかい?」

 店の女主人が気遣い、コトンと熱燗を出してくれる。

「こんな可愛い子とゴリラ置いて、どこに行ったんだか」

「…………すぐ、帰ってくると思いますけど……」

 私は、涙を手で拭った。

「ほら、飲んで忘れちまいな。アンタ男所帯で1人頑張ってるんだってね。ゴリラがいつも言ってるよ? 器量の良い子だ、総悟にはもったいないって。自分が女に振られてばっかりだから羨ましくて仕方ないんだよ。

 でも気を張ってばかりだと大変だろ? たまには飲んでゆっくりしな。

 大丈夫。アンタが飲んでヘロヘロになったって、ちゃあんと布団の中で寝かせてくれる、弱気な奴らだよ、コイツらは」

 ……総悟には、もったいない……。

 みんな、そんな風に見てたんだ……。

 私は、飲めもしない熱燗をお猪口に注ぐ。

「ありがとう、ございます……」

 女主人は聞いてか聞かずか、すぐにカウンターの中へ入って行ってしまう。

 私は、涙を殺して飲んだ。

 喉が熱い。

 全然美味しくない。

 全然酔えない。

 けど、飲んでいれば、泣くことを忘れられる。

 そう思ってまた、一杯注いだ。


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