惚れられても応えられねーんだよ
2人の男性から取り合いされたいけど、多分苦しい
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21時、風呂。
22時、寝る。
1か月が過ぎて。一番印象強いのは、岬に幾度も触れたことだ。
岬は積極的に、ストレートに触れてくる。
稽古の時に手を添えるとか、その程度じゃない。
新堂と2人で庭にいると、なんだかんだと理由をつけて手をつなぎ、引っ張ろうとする。
その時の表情ときたら、晴れやかで、新堂が繋がった手を注視していることなどまるでおかまいなしだ。
そういえば部下が、「岬さんがあんな風に笑うなんて、知りませんでしたよ」と言っていた。
私の中では岬はよく笑う、底抜けに明るい印象だが、男ばかりの中では違っていたらしい。
「雪乃、ちょっと入りますよ」
22時。そろそろ寝ようかと布団の中に入っていた私は、その声を聞いたものの、起き上がることはしなかった。
「はいどうぞ」
「もう寝てましたか」
「いえ、まだ起きてます」
岬はベッドに近づき、そばに一度座ると、身体を崩してカーペットの上で横になった。
肘は床につき、頭を支える恰好で、身体をこちら側に向けている。
「…………!!!」
突然、岬はバッと起き上がって振り返る。
「どうしたんですか!?」
私も少し身体を上げた。
「いや、新堂のヤローの気配が……」
「(笑)、いませんよ。用もないでしょうし」
「…………雪乃はヤローのこと、どう思ってる?」
岬は体勢を元に戻しながらさらりと聞く。言葉は軽いが、その裏には計り知れない思いがあることは、理解できていた。
「……どうって、別に……。
すごいタバコ吸ってるけど、身体に悪そうとは思う。……彼女とかいないのかな?」
「んなこと気になりますか?」
さりげなくさりげなく会話に混ぜただけのつもりだったが、岬はこの上なく鋭い。
「深夜まで仕事してるみたいだし、ずっとタバコ吸ってるし、あの生活の悪さを直せるとしたら、彼女というか、新堂さんが好きになった人くらいだろうなって。だって今のままだと絶対早死にしますよ」
「いいんですよ、好きで早死にしにいってるんですよ」
「それは言えてますよね」
「……まだ、新堂の秘書続ける気ですか?」
岬が真っ直ぐこちらを見ているのが分かる。
だがあえて、私は視線を絡ませなかった。
「うん……慣れてきたし。悪くないです。言いたいことが、だんだんわかってきたっていうか……」
セーブしながらも、今の状況をしっかり岬に説明しておく。そうしたらまた、新堂のヤローがと、悪口を言いだすだろうなと思って、少し黙って待っていた。
「…………雪乃、俺の秘書になるっていうのはどうでしょう」
「え?」
私はようやく岬の顔を見た。
「えっうん、あの、要請があるのなら、私はどこでも行きますけど……」
「中島さんなんかどうにでもなりますよ」
「うん……そうだね……」
私は、視線を下げ、新堂の秘書に拘っている自分を自覚する。
「全然乗り気じゃないようで?」
岬は鋭く見抜き、差し込んでくる。
「…………岬さん、仕事サボって全部私に押し付けそうだから」
ここは冗談に限る、と私は笑った。
だが、岬はピクリとも動かなかった。
「雪乃、俺ァ……」
遠くからドタドタと廊下を走る音が近付いてくる。何事か、相当慌てているようだ。
「何だろ?」
不思議に思って身体を起こす私に岬は、
「……話を……」
と、腕をつかんでくる。
「雪乃さんっ!!!」
ドアがバタンと勢いよく開いたが、まずはじめに、
「何だよ?」
と、腕を掴んだままの岬が発したため、部下の顔が見事に固まる。
「あっ!! 失礼しましたッ!!!」
ドアはそのまま閉じられたが、またすぐに開く。
「じゃないやっ! あの、お客さんが来てます!! 加納さんって……」
「加納……」
たった今思い出した。
私はすぐに岬らの全てを無視して、布団から飛び出した。
「えっ!? どこに!? いつ!?」
聞きながらも、部下を通り越して廊下に出る。
「今事務室で局長と話をしてます。迎えに来たとか、言ってましたけど……」
「…………」
私は岬を置いて、振り返ることもなく、ただ廊下を走る。
先生が、迎えに来てくれた……。
そうだ。私は雪乃なんかじゃない。
桜だ。
先生に「桜」と呼ばれていたことを思い出す。
甘く優しい、おっとりとした声が頭に蘇る。
私、元の、先生の場所へ帰れる……。
帰れる……?
「雪乃さんをお連れしました!!」
部下の歯切れのよい声と同時に事務室のドアが再びバタンと開いた。