惚れられても応えられねーんだよ
彼氏の友達と買い物に行くってただ事じゃない
♦
「新堂さん、今日はどうもありがとうございました。こんなに服がたくさん、すごくうれしいです!」
新しくできた店に好みの服がたくさん置いてあったらしく、雪乃はここぞとばかりに買い込んだようだ。相当嬉しかったようで、思わず俺も顔がゆるむ。
「あぁ、総悟に写メでも送っとけ。……じゃあな、なんでも屋はすぐそこだ。気をつけて帰れ。分かったな、帰ったらすぐに総悟に連絡しろ」
「……はい」
雪乃は控えめに返事をしながら、俺から買い物袋を受け取る。
「じゃ……またな」
言い終わらないうちに、身体の向きを変えて角を曲がった。
またな、と一言付け加えたのは、願望ではない。
ただの事実だ。
「ワッ!!」
ほっと一息つく間もなく、角の向こうから雪乃の驚いた声が聞こえる。
俺は慌てて元来た道を戻り、
「雪乃!!!」
大声で呼んだ。
「いやあ、すみません。ちょっと驚かしちゃったみたいで」
あのヤローが雪乃の前に立ちふさがっている。しかし、いつの間に?……。
「なんだか随分重そうな荷物だね、持ってあげようか」
両手に紙袋を抱える雪乃に手を差し伸べようとする姿を見て、声を出すべきかどうか迷ったが、いつまで経っても雪乃が俯いたままで行動を起こさないので、俺は仕方なく歩み寄った。
「おい。嫌がってんだろうが」
それは違う、と言いたげな雪乃の視線を無視して、俺は続けた。こういうことはハッキリ言ってやった方がいいに決まっている。
「こいつぁもう他に男がいんだよ。アンタが昔の男か何か知らねーが、悪いことは言わねえ。諦めな」
「あの茶髪の子のことだね?」
ヤローは雪乃に確認する。だが、雪乃はウンともスンとも言わず、黙りこくっている。
「だからなんだ。あんたも自分の家に帰りな。ガキも一緒なんだろ?」
「あの子は先に帰らせました。これは私と桜の問題ですから」
「…………」
桜という言葉に俺も、雪乃も固まった。
雪乃は、何も言おうとはしない。
「おい……雪乃。お前が黙ってっからそいつが勘違いするんだろーが。はっきり言ってやれ。総悟と結婚するんだって」
「結婚?」
ヤローは驚いてこっちを見た。
「あのっ、私、でもっ、結婚ってまだ……決めたわけじゃ……」
こんな所でそんな鈍い話しやがって、と俺はつい舌打ちをしてしまう。
「迷ってるなら、考え直したらどうかな? 結婚っていうのは、相手を思いやってる人とするべきだと思うけど」
ヤローは言いながら、雪乃の手荷物に手をかけた。
ヤローの手が雪乃に触れた瞬間、雪乃はここぞとばかりに口を開く。
「でもだって先生! 先生は一旦仕事になると全然帰って来ない……私、そんな生活は嫌です。もうあんな、待ってばかりの生活。嫌なんです。ここでなら皆でいられる。ここでなら、普通に暮らせる。先生、私ここにいると普通になれるんです。今までとは違う、普通に……」
「そこまで言うなら、俺は仕事を辞めるよ」
「え……」
雪乃は驚いて、眉間に皴を寄せていくが、そんなのただのハッタリだ。男には分かる。
「おい、アンタしつけーんだよ! 仕事辞めてどうやって食わしてくんだよ。雪乃、てめーもちったぁ考えろ! んなセリフ一々鵜呑みにしてんじゃねー! も、帰れ。後は俺が話つけとくから」
面倒臭いことこの上ないが、総悟の結婚がかかってるんだ仕方ねぇ。
「私、その……」
ここまで俺が段取りしてやって、雪乃はようやく口を開き始めた。
「私、結婚はしないかもしれない。けど私は今ここで暮らしたいんです。今はここで。……もし、ここが辛くなっても、私は先生の所に帰ることはしません。
だから、お願いします。
私は、ここに、居たい……」
もうちっと早くその言葉出してくんねぇかな……まあ、いいや、これでヤローも気が済むだろ。
「雪乃……俺はそう言われると、俺がここに住めば一緒に居られるのかなと考えてしまうよ」
あのヤローもタイガイだ。
「でも、それは……その……」
「あの茶髪の子、名前は何だったかな? 確か、中島さんがソウゴと呼んでいた気が……」
ヤローは俺を見た。
「だったら何だよ?」
「あの子が帰ってきたら、直接話をつけさせてもらおう」
「えっ」
「えっ」
俺と雪乃は同時に言葉を発した。
総悟とやり合おうなんざ……。
「先生、聞かなくても分かります。岬さんは私と結婚したいと言っていますから」
「俺が納得したいだけなんだ。悪いけど、話をするまではここに留まることにする。俺はこの先のホテルにいる。何かあったら、いや、何もなくても、少し顔が見たくなったら、言ってくれ。俺はすぐに、駆けつける」
さんざほったらかして、今更こんな言葉投げかけたって雪乃の心は……。
「おい、雪乃。も、中入るぞ」
俺は先頭に立ってなんでも屋への階段を登りはじめる。
後からすぐに雪乃も着いて来た。
「……」
上からちら、とヤローを見下した。ところが、少し目を離しただけなのに、もうその姿が見えなくなっていた。
俺は心底驚き、一瞬足が止まった。
「新堂さん、今日はどうもありがとうございました。こんなに服がたくさん、すごくうれしいです!」
新しくできた店に好みの服がたくさん置いてあったらしく、雪乃はここぞとばかりに買い込んだようだ。相当嬉しかったようで、思わず俺も顔がゆるむ。
「あぁ、総悟に写メでも送っとけ。……じゃあな、なんでも屋はすぐそこだ。気をつけて帰れ。分かったな、帰ったらすぐに総悟に連絡しろ」
「……はい」
雪乃は控えめに返事をしながら、俺から買い物袋を受け取る。
「じゃ……またな」
言い終わらないうちに、身体の向きを変えて角を曲がった。
またな、と一言付け加えたのは、願望ではない。
ただの事実だ。
「ワッ!!」
ほっと一息つく間もなく、角の向こうから雪乃の驚いた声が聞こえる。
俺は慌てて元来た道を戻り、
「雪乃!!!」
大声で呼んだ。
「いやあ、すみません。ちょっと驚かしちゃったみたいで」
あのヤローが雪乃の前に立ちふさがっている。しかし、いつの間に?……。
「なんだか随分重そうな荷物だね、持ってあげようか」
両手に紙袋を抱える雪乃に手を差し伸べようとする姿を見て、声を出すべきかどうか迷ったが、いつまで経っても雪乃が俯いたままで行動を起こさないので、俺は仕方なく歩み寄った。
「おい。嫌がってんだろうが」
それは違う、と言いたげな雪乃の視線を無視して、俺は続けた。こういうことはハッキリ言ってやった方がいいに決まっている。
「こいつぁもう他に男がいんだよ。アンタが昔の男か何か知らねーが、悪いことは言わねえ。諦めな」
「あの茶髪の子のことだね?」
ヤローは雪乃に確認する。だが、雪乃はウンともスンとも言わず、黙りこくっている。
「だからなんだ。あんたも自分の家に帰りな。ガキも一緒なんだろ?」
「あの子は先に帰らせました。これは私と桜の問題ですから」
「…………」
桜という言葉に俺も、雪乃も固まった。
雪乃は、何も言おうとはしない。
「おい……雪乃。お前が黙ってっからそいつが勘違いするんだろーが。はっきり言ってやれ。総悟と結婚するんだって」
「結婚?」
ヤローは驚いてこっちを見た。
「あのっ、私、でもっ、結婚ってまだ……決めたわけじゃ……」
こんな所でそんな鈍い話しやがって、と俺はつい舌打ちをしてしまう。
「迷ってるなら、考え直したらどうかな? 結婚っていうのは、相手を思いやってる人とするべきだと思うけど」
ヤローは言いながら、雪乃の手荷物に手をかけた。
ヤローの手が雪乃に触れた瞬間、雪乃はここぞとばかりに口を開く。
「でもだって先生! 先生は一旦仕事になると全然帰って来ない……私、そんな生活は嫌です。もうあんな、待ってばかりの生活。嫌なんです。ここでなら皆でいられる。ここでなら、普通に暮らせる。先生、私ここにいると普通になれるんです。今までとは違う、普通に……」
「そこまで言うなら、俺は仕事を辞めるよ」
「え……」
雪乃は驚いて、眉間に皴を寄せていくが、そんなのただのハッタリだ。男には分かる。
「おい、アンタしつけーんだよ! 仕事辞めてどうやって食わしてくんだよ。雪乃、てめーもちったぁ考えろ! んなセリフ一々鵜呑みにしてんじゃねー! も、帰れ。後は俺が話つけとくから」
面倒臭いことこの上ないが、総悟の結婚がかかってるんだ仕方ねぇ。
「私、その……」
ここまで俺が段取りしてやって、雪乃はようやく口を開き始めた。
「私、結婚はしないかもしれない。けど私は今ここで暮らしたいんです。今はここで。……もし、ここが辛くなっても、私は先生の所に帰ることはしません。
だから、お願いします。
私は、ここに、居たい……」
もうちっと早くその言葉出してくんねぇかな……まあ、いいや、これでヤローも気が済むだろ。
「雪乃……俺はそう言われると、俺がここに住めば一緒に居られるのかなと考えてしまうよ」
あのヤローもタイガイだ。
「でも、それは……その……」
「あの茶髪の子、名前は何だったかな? 確か、中島さんがソウゴと呼んでいた気が……」
ヤローは俺を見た。
「だったら何だよ?」
「あの子が帰ってきたら、直接話をつけさせてもらおう」
「えっ」
「えっ」
俺と雪乃は同時に言葉を発した。
総悟とやり合おうなんざ……。
「先生、聞かなくても分かります。岬さんは私と結婚したいと言っていますから」
「俺が納得したいだけなんだ。悪いけど、話をするまではここに留まることにする。俺はこの先のホテルにいる。何かあったら、いや、何もなくても、少し顔が見たくなったら、言ってくれ。俺はすぐに、駆けつける」
さんざほったらかして、今更こんな言葉投げかけたって雪乃の心は……。
「おい、雪乃。も、中入るぞ」
俺は先頭に立ってなんでも屋への階段を登りはじめる。
後からすぐに雪乃も着いて来た。
「……」
上からちら、とヤローを見下した。ところが、少し目を離しただけなのに、もうその姿が見えなくなっていた。
俺は心底驚き、一瞬足が止まった。