惚れられても応えられねーんだよ
素直で真っ直ぐなのが可愛い
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冷蔵庫の扉を開ける。
「…………」
新しい物は牛乳……くらいだ。マヨネーズはなんとか使えそうだが、2つの卵は賞味期限が3日切れている。
思いついて、辺りの戸棚も開けて見てみる。
「…………」
カップラーメン。それ以外には何もない。
外食してるんだろうか……そんなお金、あるんだろうか? 家にいる時はラーメンなんだろうか、カップのごみがやたら多い。
昨夜夏輝と深夜まで話し込み、ベッドの側で座って寝た。そして本日の朝、なんとアパートに1人取り残されていた私は、一宿一飯の恩義にせめて見えるゴミだけでも片付けようと袖をまくったのであったが。
部屋や冷蔵庫、流しの状態から、わりと酷い生活を送っていることがみてとれる。学生の1人暮らしなんて、自由でそんなものなのかもしれないが夏輝の場合実家がなく、この生活を改善してもらえることもないというのなら、大きな問題のような気がした。親代わりの先生は夏輝を思いやってはいたがおそらく先生も家庭があるだろうに、そこまで突っ込む時間もないのだろう。
色々考えながら、できることをしてあげたいと強く思うようになってくる。それくらい、健康にはよくない暮らしをしていることが見てとれた。
とりあえず、鍵がないのでアパートから出ることもできず、昨日食べていたスナック菓子の残りを食べながら夏輝が戻るまでに、できるだけ良い環境を作っておかなければいけない、と午後の段取りを考えながら一息ついた。
結局午後からはトイレや風呂など家中の掃除をして終わった。気付けば辺りが暗くなっていて、できたら買い物に行って夕食を作ってあげたかったが仕方ない。
夕方頃になるとさすがに疲れてお腹も空いてきたところに、インターフォンが鳴った。
まさか夏輝ではないだろうし、居留守を決め込もうとしたら玄関のドアが向こうから開いた。
「あれ、鍵かけてないの?」
うわっそうだ、忘れてた!
「あっ、忘れてました……」
「まあこの辺りは治安いいけど、気を付けてね」
言いながら、先生は玄関から部屋の奥を見る。
「お、綺麗になってるねえ……」
私もつられて後ろを見た。
「せめて、このくらいは……あの、夏輝君。いつ帰ってくるんですか?」
私が1人でいることを知って先生が来てくれたものだと信じて聞く。
「明日かな」
「明日!? 今日は帰って来ないんですか!! どうしよう。私、鍵がないと出られないんですけど……」
「だから預かって来た」
あ、そういうことだったのか、と私は差し出されたカエルのキーホルダーがついた鍵を受け取ろうとしてやめた。
「あ、私もう帰ります。掃除もとりあえずできたので。鍵がないと出られないと思ってたんですけど、鍵持って来てくださって助かりました」
「帰るってホテルに?」
「そうですね。平日だから空いてると思います」
「あそう。夏輝は家から出られなくて困ってるだろうから食べ物届けてくれって言ったんだけどね、それなら鍵渡したらどうだろうかって提案したんだよ。別に帰るならもちろん構わないんだけど。
でも、こうやって掃除してくれたりして支えてくれる人がいると、アイツはすごく助かるだろうな……」
突然そう言われて、私は、先生を見上げた。
だけどすぐに目を逸らす。
先生の顔が、予想もできないほどのにっこり笑顔だったから。
「…………でも、突然知らない人に家の鍵渡すなんて……」
「知らなくないよ。君のことはもう十分知ってる。病院で履歴書や勤務態度も見させてもらった。事務長の水谷さんは、戻ってきてほしいけど今は人数が多いから事務では復帰できないって。ただ、掃除婦なら空いてるとは言ってたから、ちょっとどうかなと思って」
「えっ……え?」
あまりにも事がうまく流れ過ぎている気がして、再び先生の顔を見る。
「リハビリという言葉が当てはまるのかどうかは分からないけど、良かったらここで夏輝の面倒をみてやって欲しい。少しでいい。ちゃんとした生活を教えてやってほしい」
これだけ信用されて、重要なことを頼まれて、悪い気は全くしない。むしろ、誇らしいくらいだった。
「私もこの家見て、心配してました。私も親がいなくなったから、ならせめて夏輝君の親代わりになって……そんな第二の人生もいいかもしれないと思いました」
堂々と自信を持って言えることがある。それだけで、偽りのない笑顔ができるから不思議だ。
同じ表情の先生も、同じ気持ちでいるに違いない。
「買い物とかはどう? 分からないことない?」
ハッと思い出す。
「あそうだ。冷蔵庫何もなくて。行きたかったんです」
「あそうなの。 なら一緒に行く?」
軽く提案してくれるが、
「あ、でも、大丈夫です。あの、えっと、お金もありますし。場所とか、地図も少しは。えっと……歩いて行けると思いますし……」
先生は、かすかに笑い声をふらせてくる。
「いいよ。時間あるからついでにこの辺りのこと、教えてあげてる。さ、行こう。日が暮れる」
先生が先に家から出たので、私は慌ててミュールをつっかけた。
「先生はもうお仕事は終わったんですか?」
後ろから聞くつもりで、ゆっくり歩いているのに、先生はその歩幅に合わせるように、隣に寄り添う。
「そうだよ。今日は午前の診察だけだったから早上がり。俺も腹減ったなあ……」
先生は溜息をつくように言いながら、先を見た。