夜香花
序章
 小さな小屋の中で、二つの影が動いている。
 動いているのは確かに二つなのだが、荒い息づかいは一つしか聞こえない。

 息づかいは女のものだ。
 どうやら情交の最中らしい。
 男の上に乗った女が、激しく動いている。

「うう……」

 女が呻き声をこぼしたとき、不意に男の手が伸びた。
 男の手が、女の肩にかかった瞬間、いきなり闇の中から白刃が突き出される。
 男は素早く上体を起こすと、己の上にいた女を引き倒した。

 先程まで自分が寝ていたところに女が倒れ、そこを狙って突き出された白刃は、女の裸体に突き刺さる。
 何が起こったのかわからないまま、女は絶命した。

 男は引き抜かれる白刃を踏みつけ、相手の動きを一瞬封じると、枕元にあった苦無(くない)を放つ。
 戸口辺りから呻き声が上がり、何かが駆け出す音がする。

 男は傍に倒れる女を踏みつけ、いまだ女の身体に突き刺さったまま残された刀を引き抜くと、一足飛びに戸口まで飛んだ。
 研ぎ澄まされた感覚が、人の気配を感知すると同時に、持った刀を躊躇無く振るう。
 苦無を肩口に受けて逃げ出していた者の首が、綺麗に跳ね飛んだ。

 同時に少し離れた草むらに向け、男は口から何かを飛ばす。
 小さな叫び声と共に、黒い影が飛び出した。
 影は一瞬で見えなくなる。
< 1 / 544 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop