夜香花
「真砂。城下に行っていたのだろう、どうだった?」

 里に入るなり、清五郎が駆け寄ってきた。
 ち、と舌打ちし、真砂は己の家に向かう。

「城下の茶屋に入り込んでいる者の報告では、城は妙に人少なだそうだ。依頼自体に不審を持ったが、とりあえず我らを陥れる理由もない。今のところは、依頼通り決行する方向で良いと思うが」

 真砂の後に従いながら、清五郎が報告する。
 ふと、こいつは俺を恐れないな、と思い、真砂はちらりと清五郎を振り返った。

 真砂を呼び捨てにするのも、清五郎だけだ。
 幼い頃から常に一緒と言っても過言でないほどだったからか、意思の疎通も、他の者より容易だ。
 親しい、というわけでもないのだが。

「聞いた。確かに見る限りでは、容易い指令ではありそうだったな」

 入り口にかけてある簾を跳ね上げ、中に入りながら言う。
 きょろ、と周りを窺い、清五郎も続いて中に入った。

 特に何も言わない場合、真砂は拒否しているわけではない。
 歓迎しているわけでもないが。
 ただ、それを酌み取れるのは、おそらく清五郎のみだ。

「もうちょっと、内情を知る必要がある。それで、密書が届いてすぐに、千代(ちよ)を潜り込ませた」

「ほぅ?」

 少し、真砂の表情が動いた。
 こういうところは、真砂も清五郎を買っている。
 真砂が指示しなくても、真砂の考えを先読みして実行するのだ。
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