夜香花
「そういえば! そうだ、今のうちに、これでぶっ刺しちゃえば良かった……ていうか、どうせあんた、気づいてたんでしょーっ!!」

 ちゃき、とどこからともなく出した苦無に、真砂は少しだけ目を見張った。
 が、すぐに元の、馬鹿にしたような目に戻る。

「当たり前だ。お前が目を覚ましたことに気づかない俺だと思うのか。それよりも、それ、俺の苦無じゃないか。一体何本ぱちったんだ」

「あ、これ?」

 右手に持った苦無を翳し、深成は無邪気に笑う。
 こう見ると、全く普通の間抜けな小娘だが、先の苦無の構え方は、尋常でない速さだった。
 真砂でさえ、どこから出したかわからなかった。

「使いやすい苦無だねぇ。形は多分、この党のものなんだろうけど、持ち手が凄く手に馴染む。こんな細い荒縄、どうやって作ったの」

 しげしげと苦無を見ながら、深成が言う。
 真砂が息をついた。

「だからといって、そう何本もぱちられたんじゃ堪らん。返せ」

「やだ。いいじゃんっ! わらわはあんたのお陰で、身一つで屋敷を追われたんだからっ」

「知ったことかよ」

「そう言うと思ったよっ。敵を倒すには、武器を巻き上げるのは基本だもん。苦無の一つや二つで、がたがた言うんじゃないよ」

 いーっと顔を突き出す深成に、真砂は渋い顔をしたものの、特にそれ以上、何も言わなかった。
 文句を言う気も失せたのだろう。

 真砂は立ち上がると、刀を掴んで戸に向かった。
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