夜香花
 顔を伏せた深成の目に、足元に落ちた着物が映る。

---これがここにあるということは、ここまで来ないと、あいつは着物を着られないということで……---

 そこまで考え、いきなり深成は足元の着物を掴むと、離れた真砂に向かって投げつけた。
 大きな川でもないが、簡単に渡れるほどの小さな川でもない。
 幼い深成の腕力で、風を孕みやすい布が、遠くまで飛ぶわけもない。
 真砂の着物は、川の中程にも届かず、深成のすぐ前の水に落ちた。

「なかなかな嫌がらせをしてくれるな」

 渋い顔のまま、真砂が言う。
 着物を濡らされた真砂よりも慌てた深成は、急いで着物を掬い上げようと水に入った。
 動転していたため、結局持っていた刀が、ぼちゃんと水中に没した。

「……っお、お前は、もう~~……」

 額に青筋を立てそうな真砂の声に、深成は半泣きになった。
 ばしゃん、という水音が上がり、真砂が泳いでくる。
 あっという間に深成のすぐ傍まで来ると、そのまま水中の刀を取った。

「人の考えを、ことごとく無にしやがって。何のために俺が着物も刀も岸に置いておいたと思ってるんだ!」

 立ち上がるなり深成の腕を掴み、怒鳴る。
 ふにゃ、と深成が顔をしかめて涙をこぼした。
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