夜香花
「ち、違うもん。着物は傍にないと不便だろうから、渡そうとしただけだもん」

 えぐえぐとしゃくり上げながら、深成が言う。
 真砂はまた、はぁ? という顔をした。

「馬鹿か。あそこで着物を着たって、どうやって戻ってくるんだ。着物を濡らさないために脱いだんだ。当たり前だろうが」

 それぐらい、深成にもわかっている。
 だが、裸のまま、また傍に戻って来られると思うと動転してしまい、思わず着物を真砂に投げつけたのだ。
 色事を知らない深成には、男の裸は心の臓に悪い。

 真砂は乱暴に掴んだ腕を放すと、深成の帯を掴んだ。

「おい。お前の着物しか乾いてる布がない。とっとと脱いで寄越せ」

「ええええ、わ、わらわの着物なんて、あんた着られないよっ」

 合わせを握りしめて慌てる深成に、真砂は痺れを切らせた。

「ごちゃごちゃ言うんじゃねぇよ!」

 言うなり、一気に深成の帯を引き抜く。
 そして、着物を剥ぎ取った。

「いーーーやーーー!! この助平ーーーーっ!!!」

 絶叫する深成から一番下の単を奪い取ると、真砂は、どっかとその場に座って、刀の鞘を払った。
 そして、深成の単で刀を拭いていく。
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