夜香花
 あまりに乱暴に着物を剥ぎ取られたため、地面に転がって抵抗していた深成は、しばし茫然とその様子を見、それからそろそろと、単の上に着ていた着物を引き寄せた。

 ふと見ると、真砂の着物は、まだ水の中だ。
 すっかり水気を吸って、沈んでいる。

 深成は少し考え、自分の着物を置くと、川に入った。
 裸なので、気にせず潜って真砂の着物を掴む。

 岸に上がって着物を絞ってから、あ、と思った。
 身体が濡れてしまっては、着物を着られない。

 深成は、ちらりと真砂を見、背を向けているのを幸い、今しがた絞った真砂の着物で、ごしごしと自分の身体を拭った。

「……お前……」

 低い声に我に返れば、真砂が射殺す勢いの視線で睨んでいる。
 あわわ、と深成は、手に持った着物を真砂の背に押しつけた。

「ど、どうせもう濡れちゃってんだし、いいじゃん。ほら、あんたもいつまでも濡れたままでいると、風邪引くよ」

 早口に言いながら、深成は誤魔化すように、ごしごしと真砂の背中を拭いた。
 真砂は特に口を開くことなく、再び刀を拭き始める。

 ほっと息をつき、深成はとりあえず、一通り真砂の身体を拭いた。
 (と言っても背中だけだが)

 そして、もう一度真砂の着物を水に漬けて、軽く洗う。
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