夜香花
 整息の術とは文字通り、息を整える術だ。
 人は息をすることによって気配を生ずる。
 己の気配を自在に操るためには、まず息を完璧に整えられるようにならなければならない。
 呼吸を完璧に使いこなせれば、その他にもあらゆるところで役に立つのだ。
 水の中を行くのも、煙の中を行くのも、常人より容易になる。

「それだけか?」

「んん……。あとは武術もそれなりに」

「それなりに、ね」

 ふん、と鼻を鳴らし、真砂は小さくなった火を消した。

「ねぇねぇ。ちゃんと答えたからさぁ、解毒剤ちょうだい」

 立ち去ろうとする真砂に縋り付き、深成が言う。
 その深成を軽く蹴り飛ばし、真砂は踵を返した。

「それだけ元気なんだ。いい加減に気づけ」

「?」

「俺の作る毒薬が、そんなじわじわ効くものか。口にしてたら、とっくにお前なんぞ死んでるさ。解毒剤などない」

 ひぇっと息を呑み、青くなった深成だが、次の瞬間には、がばっと立ち上がった。

「……てことは、端から毒なんて仕込んでなかったってことか! 騙したなぁっ?」

「騙した? 俺がいつ、『毒が入っている』と言った。『入っているかもしれん』と言っただけだ」

「入ってないとは言ってない!」

「阿呆なお前のために、可能性を教えただけだ。感謝しろ」

 むきーっと憤慨する深成に冷たい視線を投げると、さっさと真砂は歩き出す。
 背後では、まだ深成が何か叫んでいた。
< 119 / 544 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop