夜香花
---ふ、普通は一人の人としか、しないもんじゃないのか……?---

 幼い深成の頭では、ついていけない大人の世界だ。
 深成は胸を押さえて、よろよろと立ち上がった。

 もちろん細心の注意は払う。
 真砂も認めたとおり、深成の整息の術は相当なものだ。
 気をつけていれば、そうそう気配を察知されることもない。

 随分離れてから、ようやく息をつき、深成はきょろきょろと辺りを見回してから、その場にへたり込んだ。
 小さく蹲って、どきどきと暴れる鼓動を静める。

---そっか……。だから千代は、そういうことにやたら詳しかったんだ---

 でも、と、深成は、己の知る千代を思い起こす。

---やっぱり一番好きな人がいるんだな。千代は真砂が好きなんだ。さっきだって、真砂とできなくなるのが嫌だって言ってたし。じゃあ真砂とだったら、ちゃんと所帯を持つのかなぁ。ああ……真砂が嫌がるか---

 ぐるぐると考えを巡らす。

---所帯かぁ---

 ぼんやりと、深成は昔を思い出した。

---家族ってことだよね。どんな感じだろう。子供を育てて……。うわ、真砂には似合わない---

 くく、とどうでもいい思考に沈みながら、深成は密かに肩を震わせた。
 想像しようにも、深成も知らないのだ。
 物心ついたころから爺と二人だったし、その爺だって、本当の爺かどうか。
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