夜香花
「あの子はあんたを好いてるもの。気に入られようとしてるんだから、殺意なんて抱くわけないでしょ」

 真砂は黙っている。
 真砂からしたら、『相手を好きになる』とか『気に入られようと努力する』とかいうこと自体が、理解できないのだ。

 深成は最後の一粒まで膳の上のものを綺麗に平らげると、箸を置いて両手を合わせた。

「ああ、美味しかった。う~ん、こんなお膳、初めてかも。あの子が作ったのかなぁ」

 満足そうに息をつきながら言う。
 そして、きょろきょろと家の中を見回した。

「生活感のない家だな。あんたはずっと一人なの?」

「俺のことなんぞ、どうでもいい。お前はどうなんだ。爺と暮らしてたのは、どの辺りなんだ? 本当に細川屋敷へ、毎日通っていたのか?」

 再びぶぅ、と膨れ、深成は真砂を睨んだ。
 が、真砂はそんな視線を気にすることなく質問を続ける。

「お前が伊賀の忍びなら、そんな毎日毎日通ってられるような距離じゃないはずだ。ましてガキの足でだろ? お前は一体、どこで育ったんだ?」

「どこって……」

 そう言われてしまうと、深成もよくわからない。
 山里ではあったが、この里のように、完全に城下と切り離されたような山の中だったろうか。
 深成は真剣に、当時のことを思い出してみた。
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