夜香花
第十二章
「おや、これは頭領。お珍かしい」

 真砂の顔を見た途端、その老爺は笑みを見せた。
 と言っても口角が吊り上がったから笑った、とわかる程度で、その他の部分からは、表情は読み取れない。
 目も瞼も眉毛に隠れてしまって、眠っているのか起きているのかさえわからない。

「この夜更けに、わざわざ頭領自ら出向いてくるとは」

 腰の曲がったよぼよぼの老人のわりには機敏に、老爺はいそいそと、己が今まで座っていた上座を空けて、真砂を促す。
 が、真砂は黙って入ってすぐの下座に腰を下ろした。

「今、俺の処に一匹のガキがいるんだが」

 余計な口は一切利かず、真砂は用件を切り出す。
 老爺はそんな真砂を咎めるでもなく、黙っている。

「そいつがちょっと、並みのガキじゃない。だが忍びというほど優れてもいない。それなりの体術は習ったようだが」

「……それが、近頃噂に聞く刺客ですか」

 ややあってから、穏やかに老爺が口を挟んだ。
 囲炉裏にかかった鉄瓶から、小さな器に茶を淹れる。

 真砂には勧めない。
 真砂がどんな人からの勧めでも、飲食しないことを知っているのだ。
 あえて飲むのは、任務後の祝い酒ぐらいなものである。
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