夜香花
「何でいまだに、あんたがここにいるのさ」

「だって、わらわには家がないもの」

「元いた村に帰ればいいじゃないか」

 しっしっと手を振る千代に、深成は、きゅ、と口を引き結んだ。
 が、すぐにキッと顔を上げる。

「千代こそ、何しに来たのさ。真砂はいないよ?」

 深成が言った瞬間、千代の目が吊り上がった。
 大股で深成に近づき、胸倉を掴む。

「『真砂』だって? あんた、何様のつもりさ! 堂々とこの家に居座った上に、真砂様を呼び捨てにして!」

「だ、だってわらわは、別に真砂の仲間じゃないもんっ」

「だったらなおさらだよ! いつまでも真砂様に甘えてないで、とっとと出ておいき!」

「千代には関係ないじゃんかー!」

「大ありだよ! あんたがいるお陰で、あたしゃ真砂様に抱いてもらえないんだ!」

 むきーっと掴みかかる千代を懸命に押しのけていた深成は、手を止めた。
 まじまじと、千代を見る。

「千代は、清五郎とかいう人と、よろしくやってたんじゃないの? 別に真砂じゃなくてもいいんでしょ?」

 深成の言葉に、千代は片手を振りかぶった。
 ひぃ、と深成が仰け反った瞬間、ぶん、と鼻先を千代の平手が通り過ぎる。
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