夜香花
「真砂。捨吉たちは、やはり北側から潜り込むほうがいいだろう」

 す、と清五郎が姿を現す。
 別段驚くこともなく、真砂はこの桜の木から屋敷までの距離を測りながら、口を開いた。

「そんな、いかにもなところから入れば、事を荒立てるだけだ」

「でも結局、あそこぐらいからしか入れない。真砂はどうするんだ?」

 真砂は、じっと屋敷を見ていたが、一つ短く息をついた。

「あの入りやすいところを狙うなら、この白昼に入り込むんだな。夜になったら、侵入しやすいところは警備が厳しくなるだろう。どちらにしても簡単ではないが、おそらく夜に入りやすいところを狙うよりは、昼のほうがまだマシだ」

「承知」

「入り込めたら、千代と渡りをつけろ。俺は日暮れまで様子を見る。暮れ六つになったら、その辺りまで来い、と言っておけ」

 ちょい、と眼下に僅かに見える庭を指す。
 ちらりと清五郎はその場所を見、それから周りを見て、真砂に視線を戻した。

「あそこに千代が来たところで、真砂はどうやって中に入る?」

 この桜の大木は、屋敷と道を挟んでいる。
 大通りではないとはいえ、飛び越せる狭さでもない。

 まして、大木から庭までには、道と築地塀のほかは何もない。
 中からひょいと顔を上げれば、簡単に見通せる。
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