夜香花
「お前の爺の上役がそれなりの武将なら、爺だって暇じゃない。ただ逃げるしか能のないお前なんざ、足手まといの何者でもないってことだ。逃げるだけなら、いなくてもいいわけだしな」

 うぐぐ、と深成が黙ったのを見、真砂はふと思い出したように顔を上げた。

「そうだ。お前は縄抜けだの整息の術だの、保身術ばかり習っているな。それは爺ってのが、そういう人物だったってことじゃないか?」

「小姓とか、そういった者……ということですか」

「え、え? どういうこと?」

 真砂と長老の話についていけず、深成は一人できょろきょろと二人を見る。
 そんな深成の胸倉を、真砂は掴んだ。

「おい、お前。爺ってのは、お前を屋敷に送り届けた後、いつもどこに行っていたんだ」

「えええっ? そ、そんなん、知らないよぅ」

「一番初めは、何と言ってお前を屋敷において行ったんだ」

「ええっえ~とえ~と」

 真砂の剣幕に、深成は焦りながらも懸命に記憶を手繰る。

「特にどこに行くとは……聞いてないなぁ。う~ん、でもそういえば、一回わらわが寂しくて、しつこく聞いたことがある。そのときに、何か言ってたな」

「何と言ったんだ」

 深成の首が、大きく傾げられる。
 同時に真砂の顔から、表情が消えた。
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