夜香花
「千代に、ちょいと周りを見ていてもらえば、そう手こずらずに入れる。日暮れ時なら、物も見えにくい」

 鬱陶しそうに言う真砂に、清五郎は、なるほど、と頷いた。
 確かに言うとおりだが、それはあくまで侵入者が単独だった場合で、しかも相当な手練れであることが条件だ。

 見張りがいても、まだ時刻も早い。
 こちらの道も、人通りがなくなる時刻でもないし、屋敷内だって同様だ。

 僅かな時間で、決して低くはない築地塀を突破し、どこぞへ身を隠さねばならないのだ。
 物音も一切立てられない。

「では俺は、捨吉らと先に行っておく。今回の依頼に関する、他の情報も得られるかもしれんしな。室の姿も、確認できたらしておこう」

「別に、とっとと依頼を済ませられそうなら、お前らで片付けてしまってもいいのだぞ」

 真砂は己が皆を指揮しているという気はない。
 故に、自分が目的を遂げなければならないとも思っていない。

 やれそうだと思ったら、その時点でやればいい。
 それで失敗しても、それは自己責任。
 自分たちの思うように、好きに動けばいいのだ。

「そうだな。まぁ、できそうなら真砂の手は煩わさんさ」

 清五郎は、そういう真砂の考えもわかっている。
 あえて反論はせず、さっと音無くその場を去った。
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