夜香花
「伏見の、大谷屋敷にも出入りがあったと見ています。おそらく、大谷に仕える者かと」

「なるほど、そうか。そういや爺は、稲荷山に行くと言ったんだったな。捨吉、よく調べた」

 一つ頷いて言った真砂に、捨吉は、ぱあぁっと弾けるように笑った。
 前のときのような、馬鹿にした感じではなく、本当に真砂に褒められたのだ。
 よほど嬉しいと見え、捨吉は泣き出しそうな勢いだ。

 深成はそんな捨吉を眺め、しみじみとこの里における真砂という存在の絶対性というものを感じた。

---凄いなぁ……---

 深成も爺に褒められれば嬉しかったが、それは単純に、懐いている人から褒められるのが嬉しかっただけだ。
 一緒に行動すること自体が誇りになるような至上の存在など、今まで深成の傍にはいなかった。

---身分が高いってだけだったら、お方様だって雲の上の存在なんだろうけど。でも、そんな風には思わなかったな……。殿だって、わらわからしたら、さほどの人でもなかったし---

 何気に失礼なことを思いつつ、ぼんやりと二人を眺める深成に、不意に真砂が目を向けた。

「で、お前の懐剣は? あったのか?」

 一瞬きょとんとし、ああ、と深成は自分の周りをきょろきょろと見回した。
 そういえば、元々懐剣を取りに、梁に上がったのだった。
 梁に飛び乗った途端に小さく隠れるはめになったので、すっかり忘れていた。
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