夜香花
第十六章
 次の日の早朝、まだ暗いうちから深成は捨吉に連れられて、里を後にした。
 思えばここに来てから、外に出るのは初めてである。

 来るときは夜の夜中だったし、仕掛けてあるであろう罠に神経を集中していたので、周りの景色など眺める余裕もなかった。
 深成は好奇心丸出しで、きょろきょろと山里の風景を見回した。

「……そうやってると、ほんとにただの子供だなぁ」

 少し前を歩いていた捨吉が、振り向いて笑う。

「ま、そのほうが、やりやすいけど」

 言いながら、ひょいと道を逸れると、傍の草を掻き分けた。
 隠してあった葛籠(つづら)を引っ張り出す。
 中の小道具を手早く身につけると、捨吉は単なる旅の芸人になった。

「わざわざ変装して行くの? 皆そうなの?」

「ていうかさ、頭領とかは大人だから、別に普通に町を歩いてもいいけど、俺たちはまだ、見るからに子供だろ。普通の格好の子供がふらふら町を歩いてちゃ、おかしいだろ。その辺の住人でないのは、土地の者ならすぐわかるしな」

「そう、かな? わらわもあの後、しばらく町にいたけど、特に何もなかったよ」

「だってお前、その前に頭領にぶちのめされてたんだろ? 落ちた屋敷にいたんだったら、汚れてただろうし、そんなぼろぼろの子供は、乞食と認識されるだろうさ」

 捨吉の説明に、深成は、がぁんと衝撃を受けた。
 確かに考えてみれば、あのとき元いた部屋から出るときは、すでに周りは火の海だった。
 夢中で外に出たから気づかなかったが、きっと身体は煤だらけだっただろう。

 しかもその後、真砂に打たれて鼻血も出している。
 真砂が去ってからは側溝に潜んでいたし、そう考えれば、随分汚れた貧相な子供だっただろう。
 そのような子供であれば、城下にもいくらでもいる。
< 224 / 544 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop