夜香花
「外から通いの女中ってのは、皆ここから出入りしてたのかい?」

 考えてみれば、屋敷にいたのは女子ばかり。
 となると、あまり大っぴらに門を開け閉めするのは、よろしくないかもしれない。
 外の人間に会わないために、この戸口から出入りしていた、というのなら、わからないでもないが。

 が、深成は首を傾げた後、小さく首を振った。

「違うと思うな。ていうか、多分、通いでこの屋敷に奉公してたのって、わらわだけだったと思う」

 え、と捨吉が深成を見る。

「そうなの?」

「……今思ったんだけど、お屋敷の誰も、わらわが通いだって、知らなかったんじゃないかな」

 一瞬何を言っているのかわからなかったようで、ぽかんとしていた捨吉は、次の瞬間、大きく口を開けて身を乗り出した。

「は? どういうことだよ。だって朝来て夜帰ってたんだろ? それぐらい、女中でも気づかないはずないんじゃないか?」

「それが不思議なんだけど。そう考えれば、爺が普通の侍じゃないっていうのも、理解できるでしょ?」

「それはそうだけど……。でも、千代姐さんは、お前が通いだって知ってたじゃないか。そりゃ千代姐さんは乱破だし、ただの女中よりも鋭いだろうけどさ。お前がそうじゃなかったら、いくら周りがただの女子でも、夜いないことぐらい気づくだろ」

 深成だってそれなりに気をつけていないと、誰にも知られず頻繁に屋敷を抜け出すなど不可能だ。
 が、まだ深成と知り合って日も浅い捨吉が知らないだけで、深成の能力は真砂も認める通り、相当なものなのだ。
 深成の得意な整息の術を駆使すれば、屋敷を抜け出すなど、わけないことかもしれなかった。
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