夜香花
 そこまで言って、深成は、そ、と己の瞼に手をやった。
 当時は特別扱いだけが苛めの原因だと思っていたが、あからさまな苛めよりも、侮蔑の眼差しが、常に深成に注がれていたのは、深成の言葉遣いだったのだ。

『わらわってのは、奴隷って意味だぜ』

 真砂が教えてくれた。
 あれから、中の長老にも聞いてみた。

 長老曰く、武家の女性は己を『わらわ』と言ったりするが、瞼にしっかりと意味のある印を彫ったからには、深成をそういう風に見ていたのだろう、と。
 わざわざ深成を、一方では姫君の遊び相手として優遇しつつ、裏ではそういう地位まで落としたのは、何か意味があったのだろう。

「苛められてたのか。可哀相だな」

 ぽつりと、捨吉が言う。
 少し驚いて、深成は傍らに佇む捨吉を見上げた。

「お前、まだ小さいじゃないか。あそこにいた侍女って、結構な歳の奴ばっかりだったぜ? いい歳して小さい子を苛めるなんざ、許せねぇ」

 捨吉は、里での年少組の頭的存在であるため、深成ぐらいの子の面倒も見ている。
 それだけに、そういったことは許せないのだ。
 ここ最近、真砂のような冷たい人間しか見ていなかった深成は、妙に感動した。

「あんた、いい人なんだ」

「え、当たり前だろ、そんなこと」

 じ、と見上げてくる深成に、捨吉は照れながらも、はっきり言った。
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