夜香花
「よいしょ。ほら、あの辺が、赤目の里だ」

 茂みの中から河原に降り、捨吉がちょい、と先を指差した。
 山の中ではあるが、大分拓けている。
 が、家影はない。

「里……っても、ただの原っぱだね」

 きょろ、と周りを見渡し、深成が言う。
 捨吉は川に近づき、腰に結わえていた竹筒の水筒を水につけた。

「ここはね。実際の伊賀の上忍が住んでた辺りは、もうちょっと離れてる。もっとも人は、もう住んでないけど。伊賀の乱で、徹底的に焼き払われたからね。でも、もしかしたらこっそり誰か帰ってきてるかもしれないし、ただでさえ忍びの里には不用意に近づかないほうがいい」

「そっか、そうだね。でもこの辺りってことだよね」

 深成も捨吉に倣い、竹筒を腰から外した。

 そのとき、がさ、と音がし、すぐ傍の茂みが揺れた。
 身構えようとする深成を、捨吉が素早く制する。

「……あ? 誰じゃ、あんたらぁ」

 にゅっと姿を現したのは、頬被りをした初老の男だ。
 背に竹籠を背負い、鎌を持っている。

「子供じゃねぇか。こんな山の中で、何してる」
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