夜香花
「おいらたちは、旅の芸人だ。伏見のほうへ抜けようとして、迷っちまった」

 さして慌てた様子も見せず、捨吉が説明する。
 忍びの変装は完璧だ。
 同じ忍び同士だと、纏う空気などでバレたりするが、現れたのは単なる百姓のようで、捨吉と深成を見、納得したように頷いた。

「幼いなりで、旅芸人か。親もそうだったのか?」

「……知らねぇ」

 目を逸らし、捨吉は竹筒に蓋をすると、元のように腰に結わえる。
 そして深成の竹筒も取ると、十分に水を満たして、ぎゅっと蓋をした。

「ほら。落とすなよ」

 言いながら、深成の腰に竹筒を括り付ける。
 その姿はどう見ても、妹を気遣う兄の姿だ。

 旅の芸人というのは、親を亡くした子供が多い。
 親が死んだり、捨てられたりして孤児(みなしご)になった子供を、親方と言われる大人が引き取って育てるのだ。

 一緒に旅をしつつ、芸を仕込んでいく。
 大人がやるより、子供が芸を披露したほうが受けるのだ。
 旅芸人にとって、子供は金蔓なのである。

「二人だけか。親方はどうした?」

「戦で殺された。城下で小競り合いがあったろ。あれに巻き込まれた」

 ああ、と納得したように、男は荷物を下ろして川に近づいた。
 手を水に突っ込み、ひとしきり洗ってから、両手で掬った水を飲む。
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