夜香花
「そいで、戦を避けて伏見へ逃れようとしてるわけか」

 ぐい、と濡れた顎を拭い、男が呟いた。

「でも伏見へ抜けたって、戦からは逃れられねぇぞ。この戦は、今までの小競り合いとは訳が違う。大戦(おおいくさ)になるだろう。そう考えれば、どこに行こうと逃れられねぇな」

「おっさん、詳しいね」

「まぁな。わしも元々、傭兵だったからよ。でも戦で足をやっちまった。そんで今は、木こりの真似事よ」

「この山に住んでんのか」

「もうちょっと先だがね。逃げ込んだのがこの山奥で、たまたま人家を見つけた。人はいなかったがね。激しい戦の跡があったから、ここでも何らかの戦があったんだろうな。皆焼け焦げてた。かろうじて残ってた家を手直しして住んでいる」

 説明しつつ、男は二人を促した。

「お前ら、どうせ伏見に知り合いもいねぇんだろ。だったら休んで行ったらどうだ」

 捨吉は少し考え、ちらりと深成を見た。
 そして、さりげなく男の目から深成を隠すように、彼女の前に移動した。

「でも。戦の跡があったってことは、ここいらだって安全じゃないんじゃないのか?」

 努めて怯えの色を顔に浮かばせて言った捨吉に、男は、ぶ、と吹き出した。
 気丈に妹を庇っているが、やはり戦に怯えているのだ、と思ったらしい。
 捨吉の、思うつぼだ。
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