夜香花
「あんちゃん。ちょっとお外で遊んでていい?」

 男の家に着くなり、深成が捨吉の袖を引いて言った。
 捨吉は驚いたが、深成の真剣な顔に、事情を察した。
 この辺りが、深成の家だったのだ。

「元気だなぁ、お前は」

 わざと呆れ気味に言う捨吉に、男は柔らかい笑みを向ける。

「はは、良いことじゃねぇか。でももうすぐ日が暮れる。山の日暮れは早ぇからな。遠くに行くんじゃねぇぞ。その辺で遊んでな」

「うん。山菜でも採ってくるよ。すぐ戻る」

 こくりと頷き、深成は踵を返して、ててて、と駆けていった。
 深成だって忍びの術を身につけている。
 しかも、ここの土地のことは知っているだろう。
 迷って戻れなくなることはあるまい。
 深成の去った後を眺めていた捨吉の背を、男がぽん、と叩いた。

「さ、入りな。結構広いから、お前さんら二人ぐれぇ、余裕で寝泊まりできるぜ」

 男の後について家に入りながら、捨吉は注意深く室内を見渡した。
 所々焦げた跡があるが、建物の骨組み自体は立派だ。
 ここは、完全に焼け落ちずに済んだのだろうか。

「丁度、昨日仕留めた猪がある。これでも食って、精を付けるんだな。城下から来たんだったら、結構な長旅だ。ろくなモン食ってねぇだろう?」

「うん……まぁね」
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