夜香花
 一般人の足の速さというのは、まだよくわからない。
 真砂や清五郎のような大人であれば、城下に行く機会が増えるし、一般人に溶け込むことも簡単だろう。
 旅芸人や飛脚などに化けるよりも、普通の姿で一般人に溶け込むほうが、遙かに難しいのだ。

 芸人などは、芸で身を立てるので、他の人と多少違ったことをしてもおかしくない。
 だが本当の一般人というのは、特に秀でた何かがあるわけではないのだ。
 歩みの速さ、持つ気の感じまで、研ぎ澄まされた乱破にとっては、それを隠すことのほうが難しい。

 どうやら城下からここまで来るのも、一般人にとっては大層なことらしいと、捨吉は下手に口は開かず、曖昧に頷くに止(とど)めた。

「お前さんら、あんまり下調べもなしに街道から外れるのは危ないぜ。何だって山になんか入り込んだんだ。山越えする気だったのか?」

 適当に切った猪肉を、部屋の囲炉裏にかけた鍋に入れながら、男が問う。
 捨吉は、その手元をじっと見た。

「城下には、何だか鎧をつけたお侍がいっぱいいるし、怖かったんだ。街道にも侍がいるし。そんで、街道は避けて、山を歩いて来たんだ」

「そうか。親方も殺されてるんだし、用心するに越したことはねぇが」

 言いつつ、男は芋とキノコも鍋に入れる。
 相変わらずその手元をじっと見る捨吉は、まるで腹を空かせて餌を待つ子犬だ。
 実際は、怪しげなものが投入されていないか見張っているのだが。

 そのときようやく、がたた、と開きっぱなしだった戸口に、深成が飛び込んで来た。

「あんちゃん。ほら、こんなに」

 両手いっぱいに持った山菜だのキノコだのを、満面の笑みと共に差し出す。
 その笑みにつられるように、男も顔を綻ばせた。
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