夜香花
 少々呆れ気味に、がっつく深成を見ていた捨吉だが、その右手はしっかりと、腰の竹筒を掴んでいる。
 図らずも深成が毒味役になってしまったが、もし深成が苦しみだしたら、即水を飲ませて応急処置ができるように身構えていたのだ。

 幸いにして、深成が苦しみ出すようなことはなさそうだ。
 安心すると、途端に空腹を覚え、捨吉も男に頭を下げて、器に口を付けた。

「おっちゃん。おっちゃんは、元々ここに家があるって知ってたの?」

 ひとしきり猪鍋を食った後で、深成が口を開いた。
 男が少し訝しそうな目で深成を見る。

「何故だい?」

「だって、戦から逃げる途中で、ここに辿り着いても、そのときはここも、戦の後みたいだったんでしょ? 逃げてきたのに、わざわざ戦があったってわかるところに、腰を据えるかなぁ」

 男がじっと深成を見た。
 見かけの幼さからは、考えられない程しっかりとした考え方だ。
 捨吉は、少しはらはらしながら二人を見た。

「おっちゃんはもしかして、元々ここに住んでたの?」

 え、と捨吉は、顔を上げて深成を見た。
 もしかして、この男に見覚えがあるのだろうか。

「嬢ちゃん。小さいのに、変に鋭いところを突くな」

 男が顎を撫でながら、ゆったりと言った。

「そうかな? わら……あたしだったら、折角戦場から逃げてきたのに、また戦があったってわかるところに住もうなんて、思わないもん。怖いじゃん」

「そうか、それもそうだな」
< 246 / 544 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop